ミャンマーの死から生き返った僧侶の証し
−−− 天国と地獄の体験記 −−−
保羅(パウロ)
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以下の保羅師についての証しは、台湾のクリスチャン新聞である「仁愛福音」より極力原文に忠実に翻訳したものである。 1.個人のプロフィール 私の名前は「亜帝・瀋・新陶・保羅」(ヤテイ・フアン・シンタウ・パウロ)と申します。ミャンマー出身です。これから私は私の身の上に起こった実話をお証ししたいと思います。 ところで、この実話をお話する前に、私の生い立ちや背景について触れたいと思います。私は1958年ミャンマーの三角州の波加市というところに生まれました。私の両親は、多くのミャンマー人と同じように敬虔な仏教徒でした。 私の幼名は「帝兵(ティペイ」(樹木の意)でした。18才の時に出家して両親に伴われ、お寺での修行生活に入りました。ミャンマーでは多くの親たちにとって、子供を出家させることは喜びであり、光栄なことなのです。我々の国では、何百年もこのような出家の伝統を守っております。 1977年、私が19才と三カ月が経過した時に正式に僧侶になりました。私の所属しているお寺の住職の名前は「尤査帝拉「ユウツァティラ)」でした。彼はミャンマーの僧侶の中で最も有名な僧侶であり、学識的にも、人格的にも、すぐれた人物であり、彼の名を知らない者はないほど有名で尊敬もされておりました。残念ながら私か出家して6年目に、この名高い僧侶が突然交通事故で死去し、多くの人々は大変なショックを受けました。 同じ年、私は良い僧侶となるため、純粋に仏教の教義を熱心に学ぼうと決意しました。その後私は全身全霊で修行に打ち込み、墓場に住み、座禅瞑想に耽っておりました。我が国では純粋で求道的な僧侶であれば、私と同じ修業をするものです。時には人里を離れた山奥の森林で自己を殺し、無我無欲の人間になるために修業を続けるのです。そういう訳で、私も自我、我欲、病苦、そして、輪廻の鎖から解脱することを願って修業に励みました。私の墓場での修業中のことですが幽霊を恐れることもなく、無我と平安の境地に達したいため、蚊に刺されても殺すこともなかったのです。 何年か修業を積みました。私は極力自分を立派な本当の良い敬虔な僧侶とするために、どんな生き物も殺しませんでした。また仏教の教典を読み、理解しようと務め、我が身の健康をも省みず、一心に修業に励んだため、ついに病気になってしまいました。お寺に戻り門徒のお世話によって入院することとなりました。検査の結果、黄熱病とマラリヤを併発していることか判りました。その病院で一カ月あまり入院しましたが病状は悪化し、医者は退院を勤め死後の用意をするようにと言うのでした。以上が私の身に起こったあらましです。これから私が退院した後に、とても不思議な体験を致しましたのでお証しいたします。 2.私を決定的回心へと導いた幻 前述いたしましたように、退院後お寺へ帰ってまいりましたか、同僚の僧侶たちに一生懸命看病していただいたのですが、病状は悪化するばかりでした。体力は極度に衰弱し昏睡状態におちいりました。心臓は止まり、完全に死んだのです。間もなく遺体は腐敗し異臭を放ちました。他方、お寺では私のために洗浄の儀式を行い、火葬するための準備をしておりました。 ところで不思議なことですが、私の身体は死んで屍となり、既に腐敗しはじめていたのですが、私の魂はハッキリと目覚めていたのです。そして私はよくわからないのですが、大きな嵐の中を通きれ、回りの草木は皆打ち倒され、広い平原になっている情景をみたのです。私はその平原の中を、一人急ぎ足でかなりの時間歩きましたが、そこには何も見当たるものがありませんでした。さらに歩きつづけて行くと、前方に川があり、その手前に恐ろしい火の池がありました。 (仏教の教典の中にはこのような火の池についての教えはありません)始めは意識が朦朧としていて、私がどこにいるのか判りませんでしたけれども、閻魔王(地獄の大様)にあったときに、初めて私が地獄にいることが判りました。彼の顔と体はライオンのようであり、足は妖精のようでした。彼の頭の上に沢山の角があり、その顔は恐ろしい形相をしており、彼を見たとたん、恐ろしさで全身が震え上がりました。そこで私か勇気を振り絞って「あなたはだれですか」と聞きました。すると彼は「私は地獄の王(破壊者)」と答えました。 3.恐ろしい地獄 この地獄の王は、私の地獄の中をよく見るようにと促しました。「私が地獄を見ていると、橙色の袈裟を着た人物を見ました。私どものミャンマーの僧侶か一般的に愛用する袈裟でした。その人の頭は丸坊主でした。そしてよく見ていると、その方はなんと1983年の交通事故で亡くなられた、私の恩師であり名高い、尤査帝拉(ユウツァティラ)老師でした。私は驚いて閻魔王に「どうして皆から尊敬され重んじられている偉大な老師が、このような火の中で苦しまなければならないのですか」と聞きましたところ、彼は「彼は確かに人間的には立派で偉大な老師ですが、真の救い主であるイエス・キリストを信じなかったため、ここに来ることになったのです。」と答えました。 それからもう一人の人を見るようにと言われました。その人を見ると頭の左側を長い髪でくるめ、伝統的な僧侶の袈裟を着ておられました。閻魔王に「この方は誰ですか」と聞きますと、彼は高笑いをして「この人はあなた方かこぞって拝んでいるお釈迦様です」と答えました。 その時、私は大変なショックを受けました。なぜなら彼は悟りによって煩悩や病気や一切の苦しみから解脱したはずであり、ここ(地獄)に来るべき人ではなかったからです。そこで私は声を荒らげて「お釈迦様は修行を積み、論理的道徳的に立派な人ではありませんか!何故地獄に落とされたのですか?」と抗議しました。すると地獄の王は「どんなに皆から立派な人であると尊敬されていても.真の神であり.全能の神を拒絶し、信じなければここに(地獄)こなければならないのです。そういうわけで彼はここにいるのです。」 次に軍服姿の人を見ました。彼の胸には大きな傷跡が見えました。私は「この人は誰ですか?」と聞きますと、地獄の王は「彼はミャンマーの翁山いう偉大な改革者であり、将軍です。」と答えました。さらに地獄の王は「彼は多くの罪を犯したのです。その中の一つは、多数のキリスト者を殺害したのです。又キリストの救いを受け入れなかったので、ここに来ているのです。」と答えられました。更に地獄の王は語り続けました。ミャンマーの諺では「軍人は永遠に死なない。彼らは長らく生き続ける。」とありますが、次のように改めなければなりません。「軍人は永遠に死なないが、永遠に地獄で生き続ける。」ということです。 更に私は地獄の中にもうー人の巨人を見ました。彼はよろいとかぶとを身にまとい.手には長い刀と楯をもっておりました。額の眉間には傷跡かありました。その身丈は非常に大きく、今だかつて見たことのない大男でした。腕の長さは普通の人の五、六倍くらいあり、指の長さは二倍以上ありました。地獄の王は、この男の名前はゴリアテですと言いました。彼が地獄に来た理由は永遠の神の御名とその僕ダビデを冒涜したからです。私はゴリアテとダビデについて全く知りませんでした。地獄の王は「このゴリアテとダビデについては、キリスト教徒が読んでいる旧約聖書の中にあります。今あなたは彼らを知らないけれども、あなたかキリスト教徒になればいずれ判るでしょう。」 そこへもう一人の地獄の王がやってくるのを見ました。更にもう一人の生き物を見ました。「あなたもこの地獄に住みたいのですか?」私は慌てて返事をしました。「いいえ、私はただここに見物しに来たのです。」と。この生き物を見ると大変恐ろしく、頭に十本の角がありました。手に持っている槍の先端には七つの鋭い刃物か見えました。するとこの恐ろしい生き物は言いました。「ごもっともです。あなたの許可を受けて、ただ見物に来ただけであり、あなたの名前は地獄の名簿にはありませんので、もと来た道へ帰った方が良いですよ。」といって、あの平原の道に行く方向を敢えてくれました。 4.天国と地獄の別れ道 私は平原に向かって歩みはじめた。かなりの時間を歩き続けたので、全身熱くなり、足の裏の皮は破れ、血が滲み出し、大変な痛みを感ずるようになりました。それか多分、三・四時間は歩いたでしょう。間もなく広い道に差しかかりました。この道をどんどん歩いて行くと、分かれ道の標識には「左側はクリスチャンでない人の道。右側はクリスチャンの道。」と書いてありました。私は広い道に心を引かれ、クリスチャンではないということもあって、この道を歩くことにしました。私は前方三百メートルの位のところを、二人の旅人が歩いておりました。私は彼らと同行しようと思って、彼らを追いかけましたか、どんなに急いでも追いつくことができませんでした。私はふと思いました。この道はどこまで続いているのだろうか、むしろ先程の分れ道の標識まで戻った方が良いのではないだろうか、そしてそこから彼らの方行を確認しようと思いました。丁度その時です。あの前方の旅人が、突然何者かに刺された断末魔の悲鳴を上げたのです。私は彼らにつられて、大声で悲鳴を上げました。そして私もこの道を歩いて行くと同じ危険にさらされるに違いないと思いました。
5.天国に入る道が見えた! 私は回れ右をしてクリスチャンの道に向かって歩き始めました。約一時間位この道を歩いていきますと、純金でできた道に変わりました。その道の色は透き通っていて、あたかも鏡が私を映し出しているようでした。ふと気がつくと、私の前の白い衣を着た一人の人が立っていました。更に気かつくと、どこからか美しい歌声か聞こえてきました。彼らの歌声は、この他上のいかなる美声をもってしても比較にならない程美しいものでした。 ところで、この白い衣を着た人か私について来るように言いました。そこで私はあなたの名前はなんですかと聞きますと、ただ微笑むだけでした。六度目にやっと彼はロを開いて「私は天国の鍵を管理するものです。天国は大変美しいところですよ。しかし、あなたは、今は入ることができません。あなたが悔い改めてイエス様を信じ、神に立ち返るならば、この世を去るときに、天国にはいることができるのです。私の名前はペテロです。」と答えてくれました。ペテロは私にここにお座りなさいと声をかけてくれました。そして彼は北の方を指して、神様がどのようにして人間をお造りになったかを見なさいと言いました。私は見ていると、全能の神が天使に向かって話しているのが見えました。神様は「さあ、我々の形に似せて人間を造ろう。」と言いました。すると天使は「どうか人間を造らないでください。なぜなら人間を造ると、あなたを悲しませ、彼らは決してあなたにに栄光をお帰しすることがないからです」しかし神は喜んで人間を造り、命の息を吹き込みました。そして人は生きた者となり「アダム」と名付けられました。(仏教ではこの世と万物が神によって創造されたことを信じません。)
6.新しい名と宣教使命 ペテロは私に次のように言いました「さあ立ち上がりなさい。あなたは元にきたところに帰りなさい。そして次のように人々に言いなきい。「もし、あなたがたが今まで通りにお釈迦様や偶像を拝みつづけるならば、その罪のために死に、必ず地獄に行かなければなりません」更に、「イエス・キリストを救い主として信じなければ救われるチャンスを失い、最後は地獄に行かなければならないのです。」と再度警告しました。ペテロは続けて次のことを話しました。「あなたは地上に戻ったら、あなたが地獄と天国で見たこと、聞いたことをことごとく人々に語らなければなりません。そして、これから「保羅(パウロ・・新しく生まれ変わったの意)」という新しい名前と身分をもらって奉仕してください。 最初ペテロに帰るように言われましたが、帰りたくありませんでした。天国にそのまま住みたかったのです。そこへ、二人の天使が私の方へ近づいてきて、一冊の本(天国の住民簿)を取り出し、私の名前を調べてくれました。私の幼名は「帝兵」または僧侶名は「ユウナタパニタヤセントリヤ」でしたが、その天使の名簿の中にはありませんでした。そこでペテロは言いました。「ほら。あなたの名前はないでしょう。だからあなたは一先ず地上に帰り、あなた自身がイエス・キリストに立ち返り、そして家族・親族・友人・更に同胞にイエス・キリストが救い主であることと、その恵みを語らなければなりません。」私はなごり惜しかったのですが、ペテロの言葉を受け入れて、元の道へ帰ることにしました。道すがら、あの最初に聞いた美しい歌声がずっと聞こえていました。ペテロは私が地上に着くまでずっと見送ってくれました。地上に戻る途中に見たことですが、天国から一つの長い梯子が空中に下ろされていて、多くの白い衣を着た人たちが忙しそうに上り下りしていました。そこで私はペテロに聞きました。「彼らは誰ですか?」ペテロは「彼らは神に仕える天使たちです。地上のクリスチャンや来信者のことを神様に報告しているのです。」そして地上まで送ってくれたときに、もう時間ですからと言って帰って行きました。
7.確信に満ちた伝道と人々の驚き 地上で我に返ったとき、誰かか泣いているのに気づきました。それは私の母でした。「わが子よ。我が子よ。どうして私たちから離れていったの?」また他の人たちも泣き叫んでいました。私が完全に意識を取り戻したとき、まだ棺桶の中にいることに気づきました。そして私が体を少しずつ動かし始めたとき、最初そのことに気づいたのは両親でした。両親は「彼はまだ生きている。生き返ってきたんだ!」と大声で叫びました。ところが少しばかり離れていたところに座っていた人たちは、両親の言うことを信じる事ができませんでした。そこで私は両手を伸ばし、棺桶の両端をつかんで身を起こし座りました。 8.結び。力強い伝道に対する弾圧と迫害 後日談になりますが、この不思議な体験を通して「死から生き返った保羅(パウロ)」は、その後イエス・キリストの証人として忠実に熱心に伝道活動に従事したということである。ミャンマーの牧師たちの話しによると、彼は何百人もの僧侶たちをキリストに導いたと言われている。彼の死んで生き返った証しは、誰も否定することはできない事実である。しかし、反対する人にとっては、イエス・キリストが唯一の救い主であり、神が人類に与えてくださった唯一の救いの道であるというメッセージに対して、これをどうしても受け入れることができなかった。このイエス・キリストを拒絶する人々は、彼を攻撃して迫害した。彼はかつて仏教の教義に全き信頼を置き研蹟と修業に全身全霊打ち込み、布教に励んできたが、しかし生き返った後の彼は、今までの仏教が根本的に間遠ったものであり、多くの民族を惑わしてきたものであることを語り、多くの仏僧や仏教徒たちが仏教の教えを全く放棄して、イエス・キリストに立ち返るようにと彼らを教え導いておられる。彼らの死後三日間における見聞や経験において、特に天地創造・主イエスが救い主であること、その他聖書に登場する人物等については、全く新しい知識であり、これらのことを聞いたことも学んだこともなかった。 その後彼はこの不思議な体験をより速く広く宣べ伝えるために、テープやビデオカセットを制作して伝道事業に専心したが、仏教国であるミャンマーの政府はこれらのテープやビデオカセット等を没収しすべて放棄した。幸い読者か今読んでおられるこの「死から生き返った保羅(パウロ)」の記事は、没収を免れたものの中からテープおこしをしたものである。ミャンマーでは、今日でもこの保羅氏のテープをもっている者は、厳罰に処せられるとのことである。保羅氏は熱心にご自分の体験の証しを大胆に語り続け、このために少なくとも一度は投獄されたことがあったが、出所後はひるむことなく、伝道しておられる。政府当局は、彼の伝道活動にに対して、何をもってしても彼の口を封じることはできないと言うことであった。 「この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名の外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のの外には、私たちか救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」(使徒の働き4:12) 「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心で信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ人への手紙10:9〜10) 「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です」 ノアゴスペルミッション(高江州 パウロ・ルツ子訳) 栃木県小山市西城南1−9−1 松ヶ丘市営住宅C−29
救いを受け取るために: 「神はひとり子である彼の御子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに世を愛された。それはすべて彼(イエス・キリスト)を信じる暑が滅びずに、かえって、永遠の命を持つためである」(ヨハネ3:16) 父なる神はひとり子イエス・キリストを地上に送られました。あなたが罪を持ったまま死んで地獄で永遠に苦しみ続けることのないようにと、イエス・キリストはあなたの罪を負ってくださったのです。 「私たちはみな羊のように迷い、おのおの自身の道に向かって行った。主は私たちすべての者の咎を(イエス・キリスト)に負わせた。」 (イザヤ53:6) あなたがイエス・キリストを心に受け入れ、信じるなら、あなたの罪は赦され、あなたか地獄で永遠に滅びる必要はなくなり、かえって、神の子供とされるのです。 「(イエス・キリスト)を受け入れた人々、イエスの名を信じる人々にお与えになった」(ヨハネ1:12) 「主を尋ね求めなさい、主か見い出される間に。主を呼び求めなさい、主か近くにおられる間に」(イザヤ55:6) この救いを受け取るためにすべきことは、イエス様をあなたの主(主人、神の子供となる権威を支配者)と信じて告白する(口で言い表わす)ことです。あなたがこの救いを受け取りたいと願うなら、声を出して神様の前に心から次の祈りをささげてください。 『天の父なる神様、私は今まで私の命を造られた神様から離れて、自分勝手な生き方をしてきました。しかし今、私は神のひとり子のイエス様が私の罪を負って、私の身代わりとなってくださったことを信じます。私はすべての罪をお赦しください。今私はイエス様を私の救い主としてまた主として受け入れます。これから私は神様の子供として生きます。どうか私をお導きください。イエス様のお名前によってお祈りいたします』 このお祈りをささげた方は、今、救いを自分のものとて受け取りました。今やあなたは神の子供として新しい命を受けており、あなたがイエス様を主として歩み続けるかぎり、いつ死んだとしても、地獄にではなく、天国に行くことかできるのです。しかしあなたがこの地上で死ぬ前に主から離れ去ってしまうなら、あなたは地獄に行くことになります。ですから、あなたは受け取った救いをしっかりと保ち続け、強くなって成長していかなければなりません。
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