日本基督教団 富士吉田教会

ようこそいらっしゃいませ。日本基督(キリスト)教団富士吉田教会は、山梨県富士吉田市にあるプロテスタントの教会です。

礼拝説教

説教本文・(時に要約)を掲載しています。音声配信もあります。

2017年2月12日 「礼拝する者の群れ」 穴戸俊介牧師
コリントの信徒への手紙Ⅰ
2017年2月5日 「今が、その時」 今村あづさ伝道師
マタイによる福音書9:27~34

悪霊に取りつかれて口の利けない人が、イエスのところに連れられて来ました。悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを言い始めました。群衆は驚嘆し、「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と言いました。
イスラエルで、今まで起こったことのないことが、主イエスによって起こっています。そのことの意味を、イザヤ書35章は、鮮やかに示します。見えない人が見えるようになり、口の利けなかった人が喜び歌う。病人の癒しが他にも書かれています。また、荒れ地から水がわき出でて川となり、湖が出現するのです。さまざまな野獣におびえる必要もありません。
それはなぜか。神が来られるのです。神の栄光と輝きを現す方が、やってくるのです。主ご自身が、民の先頭に立って歩まれる。そこに神によって解放された人々が続きます。罪の縄目を取り除かれ、喜び一杯で帰ってくるのです。
マタイ9章27節では、二人の盲人が、「ダビデの子よ」と主イエスに呼び掛けます。主イエスは、マタイによる福音書の1章でご一緒に読んだ通り、ダビデの子孫でした。それは、王の家系に属すると言うことです。アッシリアやバビロニアによって、国は滅びてしまったけれども、王の家系は残っているのです。国が滅びているけれども、やはり人々の気持ちの中では王様なのです。
イスラエルの王様は、民によって選ばれ、主の御前に立てられます。そればかりでなく、選ばれるためには神ご自身の選びが必要です。この方は神に選ばれた本当の主ですから、そこにいてくださるだけで、安心できるのです。しかも、この主は、わたしたちのことを本当に分かってくださっています。心おののく人々に、「雄々しくあれ、恐れるな、見よ、あなたたちの神を。」と呼び掛けてくださるのです。
主イエスの生きていた時代、エルサレムには神殿がありました。ローマ帝国の属州となってから、神殿にはローマの神々の像が運び込まれたりしたこともありましたけれども、神殿自体はヘロデ大王が、ソロモン王の神殿に匹敵するほど、立派な神殿を再建していたのです。それは、快挙でした。そして、神殿の広さはエルサレムの町全体の6分の1をも占めていたというのですから、相当なものです。
神殿に詣でることは、ユダヤ人の大きな望みでした。律法では、年に3回、神殿に詣でることが奨励されていました。けれども、新約聖書の主な読者たちは、ローマ帝国のあちこちに散らばっていて、そんなことはなかなかできないことでした。一生に一度でも…と言う切なる願いは、敬虔なユダヤ人なら持っていたことでしょう。
さらに、マタイによる福音書の書かれた時代の直前には、このヘロデ大王による神殿も、ローマ帝国によって徹底的に破壊されてしまいました。それは、ローマ帝国に対する内乱が、ガリラヤとユダヤで発生したからでした。エルサレム神殿が破壊され、神殿の中に置かれていた黄金の七枝の燭台、供え物のパンを置く台などが、ローマ兵によって運び出される様子は、ローマの凱旋門の一つにレリーフになって残っています。こうなると、遠いところから神殿に礼拝しようにも、エルサレム神殿がないので、物理的にできないと言うことになります。
けれども、イザヤ書では、「そこに大路が敷かれる。」と予言されています。この「大路」つまり広いまっすぐな道は、神殿へ続く道なのです。神に向かう道。当の神殿が無くなってしまっているのに、神殿への広い道が開かれると言う、この予言は、エルサレム神殿が破壊されてしまったこの時代には、実現しないのでしょうか。
いいえ、主イエスご自身が先立って進まれているのです。その先は、父なる神に通じる道なのです。この方に信頼してついて行けば、必ず神に通じるのです。エルサレム神殿など、必要ないのです。御言葉がわたしたちを導く。主イエスご自身がわたしたちを神へ導く大路となってくださるのです。
汚れた者がその道を通ることはない、と言います。主イエスによって、人々は汚れから解放されるからです。罪から、人々の共同体から遠ざけられている隔てから、解放されるからです。なぜなら、御子なる神ご自身が、清めてくださるからです。
私たちは、主イエスご自身が、人々を罪から解放し、清めてくださり、病を癒してくださったことを知っています。しかし、それによって主イエスは、十字架の死を遂げることになりました。それほどに、罪は大きなものなのでしょうか。

2016年度は、東京神学大学の継続教育と言う制度を使い、週に1日、金曜日に三鷹まで通っていました。それも、そろそろ終わりに差し掛かっています。レポート作成のために、いろいろな本を読んでいます。
その中の社会学的な論文に、ローマ帝国で流行した疫病についての研究がありました。2世紀の半ばに天然痘が流行して、推定で人口の3割が亡くなったという推計があるそうです。しかし、そこで驚いたのは、当時の一般的なギリシア人の医者は、病人を治療しないで、自分が感染しないように田舎に疎開してしまった人が多かったと言うのです。
病気が感染すると言うことが知れるようになると、病人は家に一人で取り残されるということが発生しました。介護されることもなく、死を待つほかなかったということです。死体は、町じゅうに溢れ、そのままにされたということです。
これこそが罪ではないでしょうか。
こんな中で、キリスト教徒の人々は、病人を介護し、手厚く葬りました。それによって、病気に感染する人もいたのでしょうが、一方で助かる人も多く、死亡率はキリスト教徒と異教徒で、かなり異なってくることとなったそうです。本によると、きちんと介護することで、死亡率は三分の一に減少したのだそうです。それによって、キリスト教徒の割合は高くもなったでしょうし、このようなことを通じて、信仰に導かれた人たちも多かったことでしょう。
旧約聖書の律法では、盲人の人や口の利けない人は、共同体から除外され、神殿に詣でることも出来ませんでした。しかし新約聖書では、イザヤ書が予言したとおりに、主イエスによって、これらの人々は見えるようになり、口が聞けるようになりました。そのような奇跡は、主イエスが天に昇られた後も、教会で確かに行われたと言うことです。
得体のしれない恐ろしい病気に自分も感染するかもしれないと考えれば、この時代の人々が感染しないようにと逃げ出したのは、当たり前とも言えます。今日では当たり前の、病人を看護することが、キリスト教徒から生まれたのだということに、驚きを感じるとともに、病人を前に逃げ出すと言うキリスト教徒でない人々の心理も、分かる気がするのです。
現代の日本の社会は、病院も整い、福祉制度もあり、一見、キリスト教が社会で果たすべきことは既に行われつくしたのではないか、と思うこともありますが、実際には日本人にも、ローマ時代のキリスト教徒以外の人たちの振舞いとあまり変わらない現実があるのではないでしょうか。今回は、福島原発事故からの避難者に対するさまざまな嫌がらせがあるという報道で、このことを感じました。
私たちのために、十字架の苦しみを受けてくださった主イエスは復活され、既に勝利を得ています。わたしたちに先立って進んでくださいます。その主イエスを前にして、得体の知れない怪物や、野獣もわたしたちに襲いかかってくることはありません。「雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる。」高らかに宣言してくださりながら、わたしたちを導いてくださるのです。
信頼して、ついてまいりましょう。
お祈りいたします。
在天の父なる神様。あなたのお名前を賛美いたします。復活の主イエスがわたしたちに先立って進んでくださっています。わたしたちの目を開き、口に言葉を与えてくださいます。御子を与えてくださり、感謝いたします。私たちが、信頼して歩んでいくことができますように、主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン

2017年1月29日 「家の中に入り、手を取り」 今村あづさ伝道師
マタイによる福音書9:18~26

同じ箇所を、二回、やろうと言うことで、今日は指導者の娘の話です。
前回、お話しした時は、二人の女性の癒しの共通点から、マルコは異なる伝承を結び付けたのだろう、と言うお話をしました。その時には、今回の説教の内容の方向性はあったのです。しかし、その話をしてから、今回、もう一度、聖書を読んでみて、いやいや、もっと言わなければならないことがあるな、と思いました。そして、一旦説教を準備してから、疑問のあるところを、もう一度調べ直しました。今日の説教は、まとまらないかもしれませんし、議論ばかりが続いて、聞きづらいかもしれませんが、間違ったことを言わないようにといろいろ考えた結果です。

最初に、前回、話しの流れから外れてしまうために話せなかったけれども、どうしてもお話ししておきたいことがあります。それは、旧約聖書から新約聖書に向かって、不妊、子どもに恵まれないことを、どのように考えてきたか、と言うことです。
旧約聖書の最初の方、律法と呼ばれる部分では、不妊は神の呪いでした。神に逆らう者の当然の報いでした。けれども、イザヤ書の54章では、不妊の女、子を産まなかった女よ、喜び歌え、と書かれています。53章の苦難の僕、つまり主イエス・キリストが贖ってくださる時、身体的なまた個人的な不妊は癒され、彼女たちの子供らは、夫ある女の子供らよりも数多くなると、主は約束してくださったのです。これは、教会において、多くの神の民が集められると言うことです。教会に集められた神の子供らは、教会の兄弟姉妹によって、神の民として育まれるのです。
律法では、父母は、子どもたちを神の民として、信仰を伝道しなければならないと書かれています。教会が、教会学校を大事にして、教会に集まる子どもたちを教え、導こうとしているのも、このためです。教会に肉の親子関係はなくても、霊の親子関係があります。信仰の兄弟姉妹がいます。
21日には、山梨キリスト教一致懇談会が主催の連続祈祷会の第五回として、富士吉田バプテスト教会で証しをしました。そこでも、教会の兄弟姉妹に育てられてきた経験をお話ししました。教会で出会った人々は、わたしの心の中では、わたしのお母さんであり、親戚のおばさんであり、人生の理想であり、愛する妹たち、弟たちでした。

さて、少女の癒しについて、お話を進めていきましょう。

断食の問答をしているイエス様のそばに、ある指導者がやって来て、ひれ伏して、こう言います。「わたしの娘がたったいま死にました。」マルコによる福音書では、「死にそうです、助けてください。」と言ってやってくるのですが、途中、イエスの服に触れる女の癒しがあって、その女が人前に出るのを躊躇して、それから長々と説明があって、群衆が押し迫って来て、…なかなか行けなかったから、行きつかないうちに娘が亡くなって、家の人が亡くなりました、と知らせに来ます。けれども、マタイでは、娘はもう、亡くなったことになっています。
この指導者の人は、「娘は死にました。でも、手を置いてくだされば生き返るでしょう。」と言っています。
前回の全体構想では、この娘の「死んだ」というのは、霊的に亡くなった、つまり神様との関係が切れてしまったということを前提にお話ししようと考えていました。マルコの物語では、そう考えることも出来ると思うのです。しかし、マタイの物語では、どうしても、肉体的な死を迎えてしまった、という場合を想定しなければならないと思います。
葬儀で、わたしたちは、何を願うのでしょうか。私たちが別れを告げる人が、神様に迎えられることを願うのです。神の食卓に招かれ、共に再会を喜ぶ。キリストに結ばれることによって、キリストを着せて戴いて、神の国へと旅立つのです。
生き返るとは、肉体的には死んでも、神と共に生きる永遠の命を受けると言う意味があります。24節でイエス様は「少女は死んだのではない。眠っているのだ。」と言っていますが、この「眠っている」と言う言葉もまた、パウロの手紙の中では、頻繁にキリスト者の死者について使われる言葉です。
神の国で、神の栄光を現す一番素晴らしい姿で、生き続ける。そして、わたしたちは神の御前で、愛する者たちと、もう一度、再会する。「娘は死にました。でも、手を置いてくだされば生き返るでしょう。」指導者である娘の父親は、そのことを願って、イエスのところに来て、ひれ伏し、願ったのです。
しかし、この父親の願いには、問題となることがあるかもしれません。マルコによる福音書では、少女は12歳になっていた、と書いてあります。けれども、マタイによる福音書では、少女の年齢が明かされていません。思春期を迎えていたかもしれない。けれども、生まれたばかりの乳呑児であったかもしれません。マタイによる福音書からは、さまざまな可能性が考えられます。
娘は、洗礼を受けていたのでしょうか。洗礼を受けていたとしても、自分の意志で信仰告白をしていたのでしょうか。
山梨分区の教団の教会は17教会・伝道所、そして山梨英和に教務教師がいます。月一度、県内の教会で集まって教師会と言うのをやっています。昨年度の教師会の勉強会では、洗礼準備のことについて、韮崎教会の小島仰太牧師がお話をなさいました。小島先生は、東京の教会で、当時8歳の少女に洗礼を授けたそうです。それも、幼児洗礼ではなくて、本人の信仰告白を受けての洗礼だったそうです。
私たちは、形式的に、小学生では早いと考え、洗礼を子どもたちにあまり薦めません。けれども、小学生は小学生なりの言葉で、洗礼の意味を正確に捕えることは可能だと言うお話でした。それは、一人一人の子どもにふさわしい時があると言うことで、一概に、何歳になれば大丈夫、と言うことでもないようです。幼児洗礼を行わないバプテスト教会でも、最近は小学生に洗礼を授けることが当たり前になってきているということです。
また、障害を負っている人々でも、何らかの意志表示ができるから、信仰告白は出来ると言うことです。
子どもが自覚的に信仰告白して洗礼を受けることは出来る、と言ったとしても、限度があります。年齢や、傷害の程度によって、自分で信仰告白ができない人々は、確かに残ります。
幼児洗礼についても、考えてみなければなりません。中世は、自分で信仰告白できない幼い子どもたちが、栄養不足やさまざまな感染症で大勢亡くなる時代でした。そんな中で、幼児洗礼を授けることは、子どもたちが神の国に行ける確かな保証であると、考えられました。小さな亡骸を前にして、み国に受け入れていただけることを教会は祈り続けました。それは残された父母にとって、大きな慰めであったことでしょう。
けれども、本人の信仰告白がない洗礼に、どんな意味があるのだろうか。そこに、救いの確かさはありはしない、と考える神学者は、今日、たくさんいます。
幼児洗礼を、割礼と比較する議論があります。旧約聖書では、生後8日目に、男の子には割礼を授けました。先ほどもお話ししたように、それは、神に選ばれた民として、この子どもが神の恵みを覚え、神の恵みの中に生きることができるように、父母が教え、導くのだという責任を現すものでもありました。
現代でも幼児洗礼は、親の信仰に基づいて行われます。親と教会が、この子どもを神の子どもとして、迎えられるように、変わらない導きを求めて、授けるものです。この場合、幼児洗礼は、将来の信仰告白を、親が教会に対して約束するものとしての意味合いが強くなります。
偉い神学者でも、幼児洗礼は要らないと言う人もいます。けれども、もしも、「別に信仰は、君の自覚に任せる、あっちの神さまでもこっちの神さまでも、いいんだよ」と子どもに教えるのだとしたら、やはり問題があると思います。ですから、幼児洗礼の問題は、簡単に結論付けることはできないのではないでしょうか。
ところで、洗礼を授ける司祭の数が足りていなかったり、教会が遠くにしかないような地域では、生まれたばかりの子供が、受洗する前に亡くなってしまうと言うこともあります。今でも、死後洗礼、つまり亡くなった子どもの葬りの前に、洗礼を授ける教会があります。もちろんこのことは、議論の的ですし、一般的ではありません。
一方で、幼児に罪はないから、罪の赦しは要らないと考える人たちもいます。本当に、子どもたちには罪がないのでしょうか。しかし、そうだとすると、幼児にとってキリストの十字架など、必要なくなってしまいます。しかし、聖書で私たちは、イエス・キリストが、幼子たちを招いたことを知っています。それは、だれにとっても、つまりそれが幼児であっても、十字架が救いであることを示しています。
幼児にも潜在的な罪があるとして、罪の悔い改めをする時間と機会がなかっただけなのだとするなら、天国に行く前に「煉獄」と言うところがあって、そこで悔い改めの期間が設けられるのだ、と考える人たちもいます。幼い子どもたちが、牢獄のようなところで、悔い改め期間が来るのを待つというのは、信じられない議論です。

今日の聖書箇所の25節で、主イエスは、群衆を外に出し、家の中に入り、少女の手を取りました。そうすると、少女は起き上がりました。少女は「眠って」いるのですから、自分からは行動しません。しかし、救いの御手はやって来て、家の中に入り、少女の手を取るのです。
聖書の元のギリシア語では、「家の」と言う言葉がありません。「中に入り」とだけ書かれています。この「中に入る」と言うのを、「人の心」の「中に入る」と読むことも出来ます。そして、「手をお取りになった」。ただ手を置くのではなく、ご自分の支配に入れてくださったと言う意味合いがあります。つまり、少女の主となってくださったのです。それによって、少女は起き上がりました。神様と生きる永遠の命をいただいた、と言う意味です。
救いは、あくまでも神様の側から行われます。神様は、身体が形づくられる前から、この人を救おうとお決めになってくださっています。子どもの信仰告白が自覚的になされているかどうかに関わりはありません。神様に出来ないことは何もありません。私たちは、神様に信頼して、み手に委ねるのです。


お祈りいたします。
在天の父なる神様、あなたは、主イエスをこの世界に遣わしてくださり、固く閉ざした扉をも開き、手を取ってあなたと共に生かしてくださいますから、感謝いたします。私たちが、復活の主イエスの力を信じて、生きていくことができますように、主イエス・キリストのお名前によって、お祈りします。アーメン

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