教会トピックス

2017年1月1日(日)

「新年礼拝」

 2017年最初の主日礼拝は1月1日。 松下牧師の宣教題は「信仰に踏みとどまれ」コロサイ1:21―23から。 政治的にも経済的にも環境の面でも困難な今の世界情勢のなか、神の守りを信じ、祈りの武器を用いようという力強いメッセージです。 イエス・キリストに信頼しない人は信仰を捨てる、イエスは神であることを信じることが試練のなかで生きる希望となると教えていただきました。 この年も、神のみことばをとりついでくださる松下牧師のお働きのために祈りつつ、信仰に踏みとどまる歩みをいたしましょう。

2017年1月14日(土)

「婦人新年会」

1月14日(土)婦人会の新年会を行いました。 今年からシオン館での開催となり、14名(小学生1名)の参加がありました。 お寿司の他にK姉手作りのサラダやお漬物、S姉のパインきんとんなどご馳走をいただいてから、ゆっくりとお互いの近況や今年の目標などを語り合いました。 共感し合えたり、また新しい気づきをいただいたり、ありのままを分かち合える恵みの時間になりました。

2017年1月15日(日)

「講壇交換」

毎年恒例の港北聖書教会との講壇交換は、今年は1月15日に高田春義牧師をお迎えして行われました。 創世記17:15~21から、「時を待つ神」 と題して宣教されました。 今日の箇所で神はアブラハムに、①妻サライの改名 ②イサクの誕生、の二つの告知をされた。 先ず第一の改名の件であるが、昨年の箇所では、アブラムをアブラハムと改名しなさいということであったが、アブラハムとは「多くの国民の父」の意であり、それは創世記12:1~3節のみ言葉に由来するものであった。 そして今回の箇所では妻サライをサラとしなさいと。 サライの「イ」は「私(つまりアブラハム)の」サライ(女王)という意味であるが、イを取ることで自分のためではなく、多くの国々の女王にするとの意味になる。(なお、ここで先生はどの家庭でも妻は女王様であるとジョークを言われ、笑が出た) 
この二つの改名は、神がアブラハムと約束されたことを実現に移すための宣言であり、2人でお互いに支えながら、神の召しに応えていく意義深いものである。 次のイサクの誕生のことであるが、改名以上にさらに具体的な神の約束の告知である。 この告知に対してアブラハムは二つの反応を示した。 一つは笑ったこと、もう一つは話題をそらしたことである。 笑ったことはアブラハムの不信仰を意味するのだろうか? 「ひれ伏し」とあるので不信仰からの笑ではなく、厳粛な神の言葉を受け留めるに際して緊張を和らげたい気持ちがあったものと思われる。 話題をそらしたことは、あなたの恵みはイシュマエルを与えて下さったことで私は十分感謝しております、それ以上は望みませんと謙遜から出たものと思われる。 しかし、神はアブラハ ムが話をそらそうとしても、ご自分のみ心を曖昧ではなく、はっきりと、かつ具体的に告知された。 祝福と契約を継承するものとしてイサクを与えると。
アブラハムとサライはずっと以前から子供を望んでいただろうに、なぜ99歳にもなった今なのか? それは神は神の時を待っておられるからである。 私たちの思いや力や働きではなく、むしろ逆にそれが潰えた時にこそ、委ねる時に神は応えて下さるのである。 信仰者はもっと大きな目で神をみ、祝福を引き出すものとなりたいものである。 午後は先生と食事を共にしながら、交わりと歓談の時となりました。 恵まれた講壇交換を感謝いたします。

2017年1月22日(日)

「カレブ会新年会」

 1月22日(日)午後シオン館においてカレブ会の新年会がもたれました。 14名の兄姉が和気あいあいと食事をいただきながら打ち解けたお交わりの時を過ごしました。 S・S兄の司会で、まずカレブ会リーダーのT・M兄がご挨拶。 ご病気のため参加がかなわなかった兄弟からの近況報告もしてくださいました。 ゲームではリーダー作成の福笑いを。男女別に分かれてアナログ感満載のチームワークを競いました。 その後、今年の抱負を短冊に書き披露し合いました。 日ごろの思いや健康状態を知り合い、互いに祈り励まし合うカレブ会の姿勢がますます固められております。