献堂式が執り行われました

去る9月22日(祝、木)に献堂式が執り行われました。

大雨の中60名以上の方々がご出席くださいました。

みなさんに祈られ、支えられ、励まされてここまで来ることができ感謝でいっぱいです。

ありがとうございました。

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教会看板が設置されました

新会堂での教会活動が始まり1ヶ月が経ち、教会看板が設置されました。

みなで話し合い、シンプルでおしゃれな看板になりました。

通りから入って来ると十字架とセットで見える補助看板と建物側面のメイン看板です。

みなさんに教会名を覚えていただけると感謝です。

それと教会に必須の倉庫も設置しました。

みなさんのお祈りとご支援によって満たされていること感謝致します。

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新会堂での礼拝スタート

上総キリスト教会は無事に引越しを終え、8月7日(日)から新会堂で礼拝をささげます。

時間は子どもCSが10:00〜10:20、礼拝が10:00〜11:45です。(第一日曜のみ聖餐があります)

十字架と看板はまだ設置できておりませんが、礼拝のための準備は進んでおります。

駐車スペースは敷地内(アスファルト)5台、道路挟んで向かいの空き地10台以上可能です。

どなたでも歓迎致します。

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教会の引越し

みなさんにお祈りいただいてきた新会堂が外構工事を含めて7月中に終わり、引き渡しとなります。

それに伴って教会の引越しを7月24日から始めます。そして8月1日からは新会堂にて教会活動が始まり、8月7日の主日礼拝が新会堂での第一回目の礼拝となります。

引越し作業と諸手続きが守られるようにお祈りいただけると感謝です。

会堂建築の様子(7)

足場が取られ、クッションフロアが貼られました。

後はエアコン、キッチン、便器の取り付けで内装は完了です。

外構工事ではアスファルトを敷きます。

敷地内の駐車スペースは5〜6台分くらいとれそうです。

お祈りを感謝致します。

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イエス殺しの罪とその赦し

使徒の働き2章36-40節
説教メモ
1.罪の赦しを求めた者たちの姿(36-37節)
ペテロはエルサレムの人たちに、「あなたがたが、イエスを十字架につけたのです。」と叫んで、人々を罪に定めました。
何世代にも渡って待ち望んでいた救い主メシア。歴史上、あらゆる国の支配と圧制を受けていた彼らの唯一の希望であるメシア。それがナザレ人のイエスだったとペテロに教えられました。

人々の心は刺されました。ショックを受けたのです。ペテロの言う通りだと。
私たちは心刺されるでしょうか。
罪について鈍感どころか罪への意識が本当に乏しい私たちは、心の中で殺人の罪を犯していると指摘されれば、しぶしぶ認めるかもしれません。しかし、このイエス殺し、メシア殺しの罪が私たちにもあると言われるとどうでしょうか。私たちは、2000年前には生きておらず、殺したわけでもなければ、ましてやそれを望んだこともありません。しかしイエスを認めず信じない人はイエスを十字架につけた罪に定められているのです。人に対しての罪ではありません。相手は、神です。

ショックを受けるでしょうか。神への罪の意識の乏しさを自覚しましょう。

2.罪の赦しの方法(38節)
ペテロはここで、罪の赦しの方法とそれに伴う一つの約束を語りました。その方法は、悔い改めて、イエス・キリストの名によるバプテスマを受ける事でした。
・悔い改め・・・自分の罪を自覚して、心の転換によって行動も、生活も、生き方も変わる全人格的な転換
・バプテスマ・・・悔い改めた者の新生の象徴、表明の形
水のバプテスマ(預言者ヨハネ)・・・「悔い改めのバプテスマ」
父と子と聖霊の名によるバプテスマ・・・「罪の赦しを与えるバプテスマ」、「(この時誕生した)教会に加わるバプテスマ」
・約束・・・賜物として聖霊(のバプテスマ)を受ける

3.その約束が及ぶ範囲(39節)
聖霊のバプテスマの約束は時代を超えて、国境を超えて、私たちの神である主がお選びになる人々に与えられると約束されています。これこそすべての赦された者、全ての救われた者に聖霊のバプテスマが与えられていることの根拠です。そしてその約束に私たちも入れられているのです。

~感じたこと~
イエス様を十字架につけた罪とその罪の赦しと聖霊が与えられる約束に入れられたことを学びました。自分の罪への鈍感さを嘆かずにはいられません。この罪の大きさをもっと自覚する事が出来るようになりたいと思います。神様と人に対する自分の罪深さ、自分が救い主メシアを殺した者であるという罪の悲惨さをもっと自覚し、自分を誇る事が出来なくなるように、深い悔い改めを日々主の前に捧げる事が出来るようにと祈る者です。バプテスマを受けたその後の歩みも、更にその罪の赦しの大きさを確信し続け、賛美をささげていきたいです。私は聖霊が神様からの贈り物として与えられ、新しい人とつくりかえられました。この醜く小さな私が、神様の大きな計画と約束の中に入れられ、生きることが出来る事を心から感謝します。