★エホバの証人の元長老の証

私は1985年にエホバの証人のバプテスマを受け、正規開拓者として、
また1993年からは会衆の長老として仕えていました。
その私がどうしてエホバの証人を辞め、現在クリスチャンになったのでしょうか?

そもそもエホバの証人の間違いを確信して辞めたのではありません。
実を言うと、恥ずかしい話ですが、排斥になったのです。
原因の発端は結婚当初から問題のあった夫婦仲の悪さに起因します。
そして2001年に離婚し、排斥になりました。
といっても排斥になる少し前に、インターネットの情報や
救出活動に携わっている元エホバの証人との接触があり、
エホバの証人の間違いについて聞いたりしたので、
少しはおかしいのかな?という感じはありました。
と言っても間違いを確信したのではありません。
ですから排斥された当初は、しばらく時間が経過したら復帰しようと考えていました。
反面「宗教はもういいや。」と言う思いもありました。

そのような宙ぶらりんな状態がしばらく続きました。
そして、排斥されてから4ヶ月程経ったクリスマスの時に、
ようやく重い腰を上げ一度行った事のある近くの教会に行きました。
キャンドルサービスはとても神聖な思いがしました。
私の内にある宗教心が少し刺激されました。
それと共に、先程登場した元エホバの証人が言った言葉は心に鳴り響きました。
「人間にとって宗教は重要なものだよ。なぜなら崇拝行為をするのは人間だけだもんね。
動物たちはそんな事はしないよ。」
もう一度聖書を学んでみようと思うようになりました。

牧師との聖書研究が始まりました。
と言ってもクリスチャンになるために聖書を学ぼうと思ったのではありません。
エホバの証人になる前には、エホバの証人とだけ研究して、
教会側の情報は収集しなかったので、片手落ちだとも感じていたので、
教会側の見解を聞いてそれから比較検討しようと思ったのです。
その結果、やっぱりエホバの証人のほうが正しいと感じたなら
エホバの証人に戻ろうという思いでした。
テーマはどれが真理か?という事です。
テキストはエホバの証人の出版している「永遠に生きる」と
「新改訳」を使って聖書研究が始まりました。
牧師はエホバの証人の教えのどこが間違っているのか
辛抱強く繰り返し教えて下さいました。
その学びの中で、エホバの証人が使用している新世界訳聖書の翻訳がおかしい事
(エホバの証人時代には原本にもっとも忠実な翻訳だと信じていたのに!)、
イエス様が神である事(ヨハネ第一5:20)、
また、イエス様を崇拝する事は正しい事(へブル1:6)、
聖霊に対する正しい理解を通して、エホバの証人時代にはあれほど馬鹿にしていた
三位一体の神を信じるようになりました。

と言ってもすべてが順調に行ったのではなく、
途中、少々億劫になって研究も中断したりしましたが、
2003年5月にバプテスマを受けました。
「ものみの塔」からは騙された、裏切られたという気持ちにもなりましたが
私の場合にはそれが必要だったんだな、と思っています。
エホバの証人になったからこそ人生を真剣に考えるようになりましたし、
人を愛する事も学びましたし、人格面でも成長したと思います。
神様が私を陶冶し、真理に導くために
エホバの証人時代を経験させて下さったんだな,と思っています。

現在の私は、エホバの証人時代からは考えられないくらい自堕落で、
とてもクリスチャンとは思えない生活態度です。
それでも、こんな私でも神様は私を
愛して下さっているに違いないという安心感を抱いています。

直方クリスチャンセンター

H.Y

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