この三、四節は、原文においてわずかに二十八字、英譯において四十一字（ともに冠詞をも加算して）より成りて、一節より七節にわたる一成文(センテンス)の一部たるにすぎないが、その内容の壯大、深遠、高貴なるは、誰人もみとめざるを得ざるところである。一節 〜 七節を表門と見たる我らの比喩を用うれば、すでに表門の閾(しきい)を見、鴨居を仰ぎたる縦覧者は、測らずも天井を仰ぎて、そこに一大彫刻物をみとめたるがごときものである。「大」と言うは、その大いさを指さずして實質を指す。まことに類稀れなる大傑作である。しかしながらすべて大傑作の特徴として、これを領得することは容易でない。大體をつかむことは、はなはだしく困難ではないが、その全部を�塩ｧにかつ正確に知得することは至難である。さればこの彫刻物の不可解なるに困惑し果てて、ついに本館に入らずして、ここより引き返す者もすくなくないのである。由來、パウロの文章にはかかる難處すくなからずして、この兩節については、大註解者が各その説を異にする有樣である。ために我らも適歸するところに迷うのである。しかしながら、パウロはもとより人を苦しめんために不可解の文辭を弄したのではない。かならずやある重大なる眞理を提示するを目的として、彼自身においてはきわめて明瞭なることを −− あまりに明瞭なるがため −− 簡潔にしるしたのであろう。ゆえに我らはこの兩節をなるべくよく理解せんことをつとむべきである。

　日本譯聖書の譯は正確でない。今、原文を左のごとくに譯して見よう。

これは決して完全なる改譯ではない。ただなるべく邦譯聖書の譯文を破壊しない程度で試みた假りの譯である。ここにイエスがただの偉人または聖人としてしるされていないことは一讀して明らかである。難ずる者は言うであろう、イエスはイエスでよい、單なる人、偉人、聖人、ナザレの豫言者でよい、かかるむずかしきキリスト論は不用である、まして書翰劈頭の自己紹介中にかかる面倒なる�~學的命題をしるすがごときは、パウロその人の意を知るに苦しむと。

　かかる立場より見るときは、この三、四節にはすくなからぬ難問題がふくまるるのである。大工の子イエスがダビデ王統の人なりしとは、當時のユダヤ人にも異邦人にも明らかに大疑問であつた。勿論彼らの容易に承認しがたきことであつたに相違ない。然るにこのイエスは�~の子であると言う。�~の子とは、�~の子たちの意ではない、�~の獨り子（The Son of God）の意である。然らば、普通の人と全く本質を異にせるある存在者を指すに相違ない。ゆえにこれはなおむずかしき問題である。然るに、彼が�~の子たることの明らかとなつたのは復活によるとは、ますます大なる難問題である。復活そのことがすでに信じがたきことである。然るにこれをもつてイエス�~性の證據とすると言う。もし何か他の解しやすきこと ── たとえば彼の人格とか、�ﾍ訓とか、業爲とかの類 ── において、イエスの�~性があらわれたとならば、これを理解するの道もあろう。然るにきわめて疑わしき彼の復活をひつさげて�~性を證據立てんとは、あたかも空虚の上に壯屋を築かんとする類ではないか。しかし假りに數歩をゆずつて、イエスのよみがえりを事實とみとむるも、何ゆえによみがえりしことが彼の�~性をあらわしたかが、明らかに一の難問題となるのである。よみがえりということがもしあるならば、かならずしも彼一人にかぎつたことはなかろう。然るに彼のみ、そのことのために�~の子たることがあらわれたというは、論據すこぶる薄弱であると。かく見來れば、この兩節中にいくつもの難問題がひそんでゐるのである。

　なお一つの問題がある。「ダビデの裔とある裔は、原語 σπερμα（スペルマ）で、男系の裔を意味す。然らばヨセフをダビデの後裔と見て、その子たるイエスを「ダビデの裔より生れ」と言うたのであろう。果して然らば、�ｉｹ書の強調するイエスの處女出生はパウロの否認するところであるのかと。これまた聖書解釋上の一難問である。現にマイヤーのロマ書註解（英譯四五、六ぺージ）は、これをもつてヨセフの家系を示すとなし、パウロは、處女出生をその文書の何處においても支持せずとのすこぶる明快なる論定を下してゐるのに對して、ゴーデーは、そのロマ書註解（英譯一二八ページ）において、かなり有力なる根據の上に、これをマリアの家系と見て、マイヤーと正反對の意見を提出してゐる。いずれの見方にも相當の根據ありて、信仰問題としてはいざ知らず、聖書學上の問題としては、人をして取捨に迷わしむるものである。

　

　然り、難問題はロマ書第一章三、四節にはいくつもひそんでゐる。しかし聖書は由來信仰の立場において讀むを本義とする。辭義の攻究もとより肝要であるが、信仰の眼をもつてせずしては聖書はなぞの世界である。聖書は信仰の書である。そして信仰の書は信仰の鏡に照されて初めてその眞の姿をあらわすのである。靈のことは靈の眼にしか映らない。我らは、信仰なき者の奇怪とするところ聖書學者の至難とするところをも、靈の眼をもつて見透さんとの勇猛心をふるうを要するのである。

　

　「肉によれば」とは何を意味するか。ゴーデーの研究によれば、聖書の「肉」（ギリシア語 σαρξ, 英語 flesh に當る）には三義ある。第一は、骨や血に對する肉の意で、肉それ自身を指す。第二は、體全部すなわち肉體を意味する。第三は人間を意味する。この第三義の例を擧ぐれば、「諸人（all flesh）こぞりて汝に來らん」（詩篇六五篇二節）、「�~の前に義とせらるる者、一人だにあることなし（直譯 ── すべての肉、�~の前に義とせられず）」（ロマ書三章二〇節）等がある。邦譯聖書が「肉體」と譯したのは、この第二義を採つたのであるが、パウロは單にイエスの肉體のみを意味したのであろうか。イエスに�~性と人性の兼有を信じいたる彼は、むしろこの場合、肉なる文字を第三義に用いたのであると思う。

　すなわちイエスは、「人としては」ダビデの裔より生れたのである。これ彼の人的半面である。そして「聖き靈」によれば�~の獨り子なのである。彼には�~と人との二つの性質があつた。彼は一面、人であつて、一面、�~であつた。彼においては、人性と�~性との兩者が融合して一となつていた。これパウロの主張であつた。そしてロマ書第一章三、四節の主意はここにある。これを形而上學的に、または�~學的に講究することはしばらく別として、單純なるクリスチャンの信仰の立場よりながむるときは、これはぜひとも不可缺のことである。イエスの�~性が否定せらるるときは、信仰のよつて立つべき土臺が失せる。我らは空を踏まえて信仰の脚を立つることはできない。彼を單なる人と見るは、理論上においてはあるいは困難におちいらぬ道であるかも知れぬ。

　

　これを合理的と稱して誇る人が多い。果して事實上合理的なるかは一疑問であるが、すくなくとも合理的に見えることは確かである。しかしかくては信仰そのものがほとんど有るか無きかのごとく稀薄となり去るを如何。感謝なく、歡喜なく、平安なく、詩なく、歌なきはこの種の立場である。事實は雄辨以上の雄辨である。見よ、ユニテリアン�ﾍのいかに乾燥無味なるよ！見よ、ユニテリアン�ﾍ徒のいかに信仰的潤味を缺けるよ！彼らに種々の長處がないではない。さりながら、もつとも重要なる靈的生命の中核を缺けることは、彼らに感謝の詩なく歡喜の歌なきによつて明らかである。人のもつとも切に求むるものは、理論の純一にあらずして魂の純一である。而して魂の純一は涙のともなう信仰によらずしては得られない。我らは勿論理論を蔑視するものではない。ただ理論にとらわれて心靈の光をにぶらする徒を蔑視するものである。人よ、我らをもつてかの狂信者流となすなかれ。

　

　然り、イエスの�~性をみとむるは、信仰をして信仰たらしむる道である。そのゆえ如何。けだし救拯なきところ信仰は生起しない。而して人は單なる同類の一人によつて救いにあずかり得べき者ではない。何となれば、人はいかに偉大なりとも、そのふるう能力に制限があるからである。數年前までは、米の大統領ウィルソンは世界の救濟者のごとく思われていた。しかし今や果して如何。彼は今日においてむしろ世界の壊亂者たらざるかを思わしむるほどである。世界において今やただ一人として彼によつて救われようとする者はない。さあれこれかならずしもウィルソンの罪にあらず、由來人間には人間を救う力が與えられていない。救いはただ萬物の主なる�~と、その代理者たる獨り子キリストとのみより來る。その他の誰人よりも眞の意味の救いは來らない。ダビデよりもソロモソよりも、イザヤよりもエレミヤよりも、パウロよりもルーテルよりも、救いは來らない。イエスもし單なるダビデの後裔であるならば、いかに絶倫無比の人格者にても、到底人を救い得ない。ただ彼に�~の性があればこそ、人を救い得たのである、また救い得るのである。人の持たぬ性が彼にあればこそ、人の持たぬ力が彼にありて、人類の救者たり得るのである。これは、彼の救いに浴した者においてはきわめて明々白々なる實驗上の眞理である。このことが根柢になくば、キリスト�ﾍは有るも效なき宗�ﾍである。淺く民の女の傷を癒やして、平康(やす)からざるに平康し平康しと言う�ﾍえである。キリスト�ﾍがイエスの�~性の上に立つておらぬ宗�ﾍならば、我らは一刻も早くこの宗�ﾍを去るべきである。何となれは、この宗�ﾍを信奉せしために種々の苦痛や不便に逢うは、愚の極であるからである。もしキリスト�ﾍが人を救い得る宗�ﾍであるならば、ぜひともイエスの�~性をその根帶として持つものでなくてはならぬ。ゆえに言う、イエスは明らかに�~の獨り子である、その�~性は日のごとく明らかであると。

　

　かくイエスの本質として�~性をみとむるときは、彼は天の榮位を去り、身を下して人となつたと見るほかないのである。すなわちパウロが晩年において、「彼は�~の體にておりしかども、みずからその�~とひとしくあるところのことを捨てがたきことと思わず、かえつて己れをむなしゆうし、僕の貌(かたち)をとりて人のごとくなれり」（ピリピ書二章六、七節）と言いしごとくである。すなわち�~の獨り子なる彼が、人として人間世界にあらわれたのである。然らば何ゆえこのことに出ずる必要ありしかとの疑問が起る。これに答えるものとして、我らはへブル書第四章十四 〜 十六節を提示する。

　

　

　このゆえに、われら憐れみを受け機(おり)に合う助けとなる惠みを受けんために、はばからずして恩寵の座に來るべし。�~の子がイエスとなり、大なる祭司の長となりて、人のあいだに幾年かを人とともに送り、その間、患難の風に吹かれ、辛苦の雨に打たれ、罪は犯さざりしも、しばしば人と同じく誘われ、人の弱きを思いやり得る立場に己れを置き、ついには萬民の罪をあがなうために十字架にのぼり、よみがえり、空を通りて昇り、今や�~の右に坐して、祭司の長として、人の罪のため、刻々執成の勞を取りつつある。かかるがゆえに我らは信ずるところをかたく保つべきである。かるがゆえに我らは「恩惠を受けんためにはばからずして恩寵の座に來るべ」きである。一言にして言えば、�~の子が降世して人となりしゆえに、人の救いは成立したのである。これなくば、人はついに絶望の捕虜となる運命を脱することはできない。イエスに人性と�~性の兩面が共在したればこそ、彼は人類の救い主たるのである。ロマ書第一章の三、四節について疑問とすべき點はいくつもあるが、その主意は、イエスの人性�~性の具有を示すにあるは明らかである。そしてこのことは、彼が救い主たるべく必須のことであつて、從つて我らの救いのために必須のことである。頭腦の上にのみ�ｉｹを悟了せんとする人には、これはつまずきの石である。しかしその全心魂を擧げて救いの實得と生命の分與にあずからんと志せる惱める魂にとりては、まことにまことに天來の�ｉｹである。

　イエスはダビデの裔より出た、ゆえに人である、史的人物である、すなわち過去の人である。イエスは�~の子である、ゆえに主である、今ある者である、むかしあり、今あり、後あり、昨日も今日も永遠までも變らざる者である。

　イエスはダビデの子である、ゆえにユダヤ人の王として生れしものである、約束のメシヤ、イスラエルの救出者である。イエスは�~の子である、ゆえに人類の首(かしら)として降りしものである、王の王、主の主、人類を永遠に救い、これをして永遠の生命に浴せしむる者である。

　

　然らば「死よりの復活をもつて明らかに�~の子たることあらわれた」との四節の斷定の意味は如何、これを二方面よりながむるを得と思う。第一、彼は初めから�~の子であつた。「太初に道(ことば)あり、道は�~とともにあり、道はすなわち�~なり」と言う。然り、彼は太初から ── 生誕より前に、勿論復活より前に ── �~の子であつた。たしかにそうであつた。しかしそうあつたのみで、そうあらわれなかつた。然るに彼は人となりて死するや、たちまち復活した。ここにおいて彼の�~の子であつたことが初めて明らかに人々にあらわれたのである。見よ、彼の使徒すら眞に彼を�~の子とみとめたのは彼の復活という一大事實に接せし後であつた。その以前において「汝はキリスト、活ける�~の子なり」との彼らの信仰をペテロが述べたのは、いまだ點晴せざる畫龍であつた。されば彼らは復活を彼の�~性の證據としてかかげた、「すでに�~はイエスをよみがえらせたまえり、われらはみなその證人なり……さればすべてイスラエルの全家よ、汝らが十字架に釘(つ)けしこのイエスを立てて、�~これを主となしキリストとなしたまいしことを確かに知れ」使徒行傳二章三二、三六節）と。實に復活によりて彼の�~の子たることが顯彰せられたのである。もとより然りしといえども、その然ることがこれによつて事實的にあらわれたのである。

　

　第二に、我らはこれを他の方面より見ることができる。「明らかに」と譯されし原語は εν δυναμαι (エン・ドゥナマイ）であつて、これを英語にて with power（力をもつて）と譯してある。「明らかに」は勿論意譯であるが、決して充分な譯字ではない。次ぎに「あらわれたる」は、原語 ορισθεντοs（ホリスセントス）にして、これに種々の意義あるため、いずれを採るべきかが學者間の問題となるのであるが、立てられたるとの意に取ることもできるのである。然るときは「死よりの復活により、権能をもつて�~の子として立てられたる者」と改譯することも、文字上優に許さるるのである。かく見るときは、復活後のキリストはある特殊の位に即(つ)いたのであつて、降世以前の彼とは別のある状態に入つたと見ることができるのである。

　

　これ�~學的には大問題であるが、聖書の�ﾍうるところはたしかにここにあると思う。すなわち�~の子たる彼がひとたび人となり、復活昇天して、ふたたび舊の�~の子となつたのではない。降世以前の彼と、昇天以後の彼のあいだに著るしき相違がある。實に�~の獨り子の降世は、永久に彼が人となることであつた。彼は�~たることを捨てて人となりおわつたのであるし三位の�~はその一位をとこしえに捨て去つたのである。「その�~とひとしくあるところのことを捨てがたきことと思わず、かえつて己れをむなしゆうし…人のごとくなり」とは正にこのことを言うたのである。ゆえに三十餘年の彼の地上生活においては、彼の本質は�~であつて、現實は人であつたのであるしそして「すでに人のごとき形状(ありさま)にてあらわれ、己れを卑くし、死に至るまで從い、十字架の死をさえ受くるに至」つた。「このゆえに、�~ははなはだしく彼を崇めて、もろもろの名にまさる名をこれに與えたも」うたのである。これすなわち榮化である。彼は舊の處に歸つて、ことごとく人性を脱してふたたび舊の「道(ことば)」となつたのではない。人として榮化して、�~の右に坐するに至つたのである。すなわち彼は今もなおその人たる性を脱せずして、榮化せられし人として ── しかしその最高位に ── あるのである。

　

　この意味においては、我らもまた彼に似たる者となり得るのである。すなわち救われたる者についに與えらるる榮化は、現存のキリストに似たる者となることである。彼は長兄たり、嫡子たり、他の者はみな彼の弟妹たることを得るのである。「それ�~はあらかじめ知りたもうところの者を、その子の形にならわせんと、あらかじめこれを定む、こはその子を、多くの兄弟の中に嫡子たらせんがためなり」（ロマ書八章二九節）とあるがごときは、このことを言うたのである。その他、新約聖書の各箇處を總合して、この見方の正しきことを我らは知るのである。彼すでに復生(よみがえり)の初穂となり、第一に榮化して、長兄として�~の右に坐して、我らのために執成せるゆえ、「�~すでに主をよみがえらせたもう、またその能力をもつてわれらをもよみがえらすべ」きことを信じ、榮化して彼に似たる者となるべきことを信じ、ここに安心と希望をつなぐのである。「死よりの復活により、権能をもて�~の子として立てられたる者」と言う。意味はきわめて深遠である。しかし汲みて盡きせぬ生命の源がここにあることを誰か否定し得よう。

　「聖善の靈性によれば」と言うは、古來幾多の註解者を惱ましたる一句である。これを原文のままに譯すれば、「聖なる靈によれば」である。「聖なる靈」とは何を意味するか。原語 πνευμα αγιοσυνηs（プネウマ・ハギオースネース）は、英語の spirit of holiness に當り、聖浄の靈の意である。聖浄の靈とは何を指すか、すこぶる朦朧たる語句である。ためにいくつもの解釋が生れたのであるが、大體においてこれを左の三類に分つことができる。

　

　第一、聖靈と見る。この見方を取つた人は、クリソストム、フリッチェ、べツァ、トルック、ゴーデーらである。

　第二、�~性と見る。この見方の人は、メランクトン、ベンゲル、ガアヴィ、オルスハウゼンらである。

　第三、靈性と見る、すなわち人としてのイエスの靈性（�~性にあらず）、しかし特別に聖なるゆえ、聖なる靈と言うたのであると。これを主張する人はマイヤーである。

　

　以上三つのうち、いずれを採るも、文字上の故障はない。すなわち「聖なる靈」という語は、以上のいずれをも意味し得る語である。從つていずれを採るべきかということがただ意味の上の問題となる。これこの句の解釋のむずかしき理由である。大聖書學者を惱ましたるこの種の問題については、我らは輕々に最後の決定を與うることを避くべきである。以上の三意は、いずれも多分原意に近いものであろう（よし正解でないとしても）。あるいはパウロはこの三義を兼ねたつもりで、かかる廣い語を用いたのかも知れぬ。いずれにしても、死とともに死せざるある靈的のものを指したことは明らかである。このあるものによれば、ダビデの子イエスは、復活をもつて�~の子としてあらわれたとパウロは言うのである。すなわち四節の主意は、そのふくむ難句の如何にかかわらずすこぶる明晰であると思う。

　四節の最後には「すなわちわれらの主イエス・キリストなり」とある。これを原語の順序のままに譯せば

　　イエス　キリスト　われらの主

である。「イエス」は、ただ人としての名、すなわち彼の人たることを示す。「キリスト」は、メシヤすなわち受膏者を意味す。ダビデの子、イスラエルの主として、イスラエル積年の希望たりしあがないぬしである。さればキリストなる名稱は、厳密に言えばユダヤ人にのみかかわりある語にて、異邦人たる我らにはかかわりなきものである。「われらの主」とは、萬民の主を意味する。萬民の罪を擔いて十字架に死し、よみがえりて�~の子の榮位に即き、�~の右に坐してとこしえに生き、今我らのために執成し、今我らに恩惠と平康(やすき)を與え、生命と力とを賜わり、時滿つれば再び臨(きた)るべき人類の救い主を言う。以上の三性質を兼ぬるものが「われらの主、イエス・キリスト」である。人であるとともにユダヤ人の王であり、ユダヤ人の王であるとともに人類の主であるのが、すなわち主イエス・キリストである。「イエス」と「キリスト」とは、時間と空間との制限を受くる史的人物として彼を示し、「主」は、時間空間を超越せる永遠無碍(むげ)の存在者として彼を示す。「主」が、もつとも廣くかつ重き語であることは言うまでもない。この語をもつて彼と人類との關係が言いあらわされるのである。されば�ｉｹを稱してキリスト�ﾍと言うは實は不充分である。キリスト�ﾍはすなわちメシヤ�ﾍと言うとひとしく、單にユダヤ人にかかわる語である。