とある。キリストに對する信仰のゆえに、�~はその義を区別く誰人にも與えるという意である。もしこれを原文のままに直譯すれば

　

　［すなわち］�~の義　イエス・キリストにおける信仰によりて、すべての人に向いて、

　　すべて信ずる者の上に、そは区別なければなり。

　

となる。最後の「そは区別なければなり」は、一の成句（clause）にして、主語あり、説明語ありて、一のまとまつた思想の發表となつてゐる。然るに初めの四つはいずれも一の句（phrase)たるにとどまつてゐる。パウロはここに四つの句を並べただけであつて、必要なる説明の動詞は全然はぶかれてゐるのである。ゆえにこれをおぎないて、意味を完了させねばならぬ。まず次ぎのごとくして大過なかろうと思う。

　

　　すなわち�~の義［は、あらわれたり］

　　イエス・キリストにおける信仰によりて［受けらるる義］、

　　すべての人に向いて［發せられし義］、

　　すべて信ずる者の上に〔とどまる義なり］、

　　そは区別なければなり。

　

右のごとく、カツコ内の語をおぎないて、初めてこの節の意味が明らかとなるのである。

　「�~の義」は、前囘に講ぜしとおり、人の義ではない、人が自力をもつて達成せし義ではない。�~より、信ずる者の上に賜わる義である。�~はこの義を、キリストを信ずる者の上に賜うて、彼を義としたもうのである。

　

　すなわち「イエス・キリストにおける信仰によりて」受けらるる義である。信仰をもつてこの義を受けるのである。人が�~の義を受くる唯一の條件 ── もし條件と言い得べくば ── は信仰である。キリストにおける信仰、これ�~の義を受くるただ一つの道であり、從つてこれなき人は�~に義とせられ得ないのである。

　

　この義は「すべての人に向いて」發せられし義である。すなわち�~はすべての人類に向つて、イエスの十字架のゆえをもつて、この信仰の義を發したもうたのである。目的は、すべての人がキリストを信じてこの義をわがものとするにある。決してある一部の人を義とするを目的として發せられし義ではない。ゆえにこの義はすべての人に向いて發せられしものである。

　

　「すべての人に向いて」の句は、ある原本にありて、ある原本にはない。從つてこの一句を保つべきか除くべきかは、學者間に議論のあるところである。英語聖書は unto all と、これを保存してゐるが、その改訂聖書はこれを除いてゐる。邦譯聖書は、現行譯ともに、これを除いてゐる。しかしここにはしばらくこれを保存しておいた。

　

　然り、すべての人に向つて發せられし義である。けれども「すべて信ずる者の上にとどまる義」である。この義をわがものとするは、信ずる者にかぎるのである。萬人の取るを目的とし萬人の取るにまかせられたる生命の水ではあるが、これを取らんと欲して汲み、器を持ち來る者にして初めてこれを實得し得るのである。これ注意すべき一事である。キリストの血は、萬民の罪をゆるさんとて流せしところの契約の血である。彼の十字架は、罪人の罪をあがなうためのものである。しかし。彼を信じたる者において初めてこの罪のあがないが事實となるのである。�~の、人を義とする義には、この特有性がある。然らずしては、悔い改めも全く不用となるのである。然り、�~の義はすべて信ずる者 ── キリストを信ずる者 ── の上にとどまる義である。

　

　以上のうち、後の三句にはいずれも前置詞が附いてゐる。およそギリシア文を讀むときは、前置詞は特別の注意を拂わねばならぬ。「イエス・キリストにおける信仰によりて」のよりては δια であつて、英語の through に相當する。「すべての人に向いて」の向いては ειs であつて、英語の unto に相當し、「すべて信ずる者の上に」の上には επι であつて、英語の upon に相當する。この三句のごとき、一の動詞をも用いずして、ただ前置詞をもつて意味を明らかに述べたのである。ゆえに一の前置詞にも充分の重みが加わつてゐるのである。

　

　二二節の最後には「そは区別なければなり」という一成句がある（英語 for there is no distinction)。簡潔なる一句であるため、何の区別がないのであるか、定かでない。ゆえに前後關係の上から、もしくはパウロの思想全體に照して、その意味を定むるよりほかに方法はない。要は、パウロがこの語をしるしたとき、心の中において何の区別を考えていたかにある。信ずる者の上に�~の義が與えらるるに区別がないというのであるから、勿論人の区別がないのを意味するに相違ない。この事は誰人にもただちに推定せらるることである。すなわちパウロは、いかなる人といえども信仰をもつて義とせらると主張するのである。

　

　されば、「区別なし」と言うたとき、パウロはまずユダヤ人異邦人の区別なきことを意味したであろう。かつてはユダヤ人のみが選民として�~に救わるることを確信しいたるパリサイの人サウロも、キリストの化するところとなりては、國籍の区別はむなしきものとして消え去つたのである。ゆえに國籍の区別なくして、人は信仰だけをもつて−−いかなる良き民族の人にても、惡しき民族の人にても−−義とせられると主張するのである。そして國籍の区別にとどまらない。老若、男女の区別もなく、學者、無學者の区別もなく、智者、愚者の区別もなく、富者、貧者の区別もない。さらに進んで、義人と罪人の区別もなく、善人と惡人の区別もないのである。義しき人、善なる人のみ救いにあずかりて、罪ある者、惡しき者は亡ぶとは普通の見方である。然るに�ｉｹは、善人惡人、義人罪人の間に区別を置かぬのである（信仰さえあれば義とせらるるという一點においては）。悔い改めて�~に歸屬しキリストに信從するに至りし者は、ただそのことのみによつて�~の義を賜わるのである。

　

　「そは区別なければなり」とは實に偉大なる言である。かの何事にも差別をみとめたる時代において、この徹底せる信念に立ちしパウロの偉よ！そしてパウロにこの徹底せる信念を與えし�ｉｹの偉よ！誰人といえども、信仰において義とせらる。ゆえに救いの一點においては、人間のあいだに存する、ありとあらゆる差別が差別とならぬのである。ゆえに、いかなる罪人といえども、信仰さえすれば救われるのである。かくてこそ我らは初めて安らかである。何となれば、自己の深き罪人たるは、自己自身においてもつとも明らかなことであるからである。

　

　以上は二二節の大意であるが、この節について二、三注意すべきことがある。まず「イエス・キリストにおける信仰によりて」の句は、原文の意譯であつて、これを直譯すれば「イエス・キリストの信仰によりて」である（英語 by faith of Jesus Christ）。さればある人言う、これキリスト自身の抱きいたる信仰を意味するのであつて、この句は、我らまた彼の抱きいたる信仰と同じ信仰を抱きて救いに浴し得ることを言うたのであると。すなわち、キリストを模範としてその信仰にならいその行いを學ぶ者は�~に義とせらるるというユニテリアン的�ﾍ義を、この節において見出すのである。

　

　文字は明らかに「イエス・キリストの信仰」とある。これをキリストの抱きし信仰と見るも、キリストに對する信仰（キリストを信ずること）と見るも、文字上にてはすこしも故障ないのである（英語 faith of Jesus Christ が、いずれにも解し得るを見よ）。從つてこの取捨はかかつて意味の適否に存する。そして前後關係の上に見るも、パウロ思想全體より見るも、「キリストにおける信仰」と見るを選ぶべきである。學者の多くはこれを採用し、現に英語改訂聖書のごときは through faith in Jesus Christ（イエス・キリストにおける信仰を通して）と思いきつた譯し方をしてゐるほどである。パウロの強き�ｉｹ主義は誰人も知るところである。キリストに向つての信從は、彼を際立たしむるもつともふとき線である。そのパウロが、ここにのみユニテリアン主義を唱えたとは不可有のことである。この一句の意味はきわめて明確であると思う。

　

　信仰さえあれば、いかなる罪人、いかなる惡人にても救わると言うは、信仰さえあれば、いかに多く罪を犯すも可なりという思想を産まぬであろうか。かく疑う人がある。すなわち�ｉｹ主義は人をして安んじて罪を犯さしむるものであるというのである。そして史上の事實として、わが國の他力宗も、パウロの�ｉｹ主義も、ともにこの種の放縦者を起したのである。けれども一部の弊害をもつて全般を蔽うは誤つてゐる。いかに貴き原理も、人の誤解するところとなりては弊害を生ず。これその�ﾍえの惡しきにあらず、その人惡しきためである。

　

　まず考うべきは、信仰ある者に�~の義が臨むということ、すなわちすべて信ずる者の上に�~の義がとどまるということである。これ我らがまず義とせられて、次ぎには義をなし得るに至ることを暗示する。人は罪を責められ、つねに罪の呵責にありては、決して善を行い得ず、かえつて恐れつつますます罪に沈むのである。これに反して、信仰のゆえに罪をゆるされて、義ならざるに義とせらるるときは、心によろこび充ち、生命湧きて、かえつて義を行い得るに至るのである。これ信仰上および心理上の事實である。されば單なる信仰によりて義とせらるるという�ﾍえは、決して人をますます罪におとしゐるるものではない。否な、かえつて人に善と正と義とを行わしむる動力を供給するものである。ただこの�ｉｹ主義の救いを心靈の事實として把握せずして、これを鵜呑みにして得々たる者のごときは、その怠慢と無誠意の當然の結果を刈り取るほかないのである。かかる人たちのつねにありがちなるにもかかわらず、�ｉｹ主義そのものはとこしえに人間心靈の闇を照す燈火として立つのである。然り、燈火として立つのである。

　また「�~の義」と言えば、その中に愛もふくめられてゐるのである。そもそも人に對して惡をなせし者も、ひとたび悔い改むるときは、これをゆるすをもつて義しとすとは、人のあいだの普遍の思想である。ある場合には、人を罰することならで、人をゆるすことがかえつて義(ただ)しいのである。ゆえに、�~もまた義しき�~なるゆえに、人をゆるし人を愛すとの思想が舊約時代にあつた。

　

詩篇第五一篇十四節を見よ。

　

　

とある。これ愛と赦免とをもつて義と見る−−すくなくとも義の一部と見るのである。また詩篇第一四三篇一節 〜 二節にいう、

　

　

と。これまた公義の中に赦免を見るのである。ゆえに、新約においてもヨハネ第一書の第一章九節には

　

とある。義なるがゆえに、父は我らの罪をゆるすというのである。

　

　かく�~の義は愛を含有する。ゆえに�~の義を受けし者は、この愛をも同時に受けたのである。そして�~よりの愛を受けしゆえに、兄弟をも愛し得るに至るのである。「われら�~を愛するにあらず、�~われらを愛し、われらの罪のためにその子をつかわしてなだめの供物(そなえもの)とせり。これすなわち愛なり。愛する者よ、かくのごとく�~われらを愛したまえば、われらもまたたがいに相愛すべし」とある（ヨハネ第一書四章一〇節、十一節）。信仰によりて義とせられて、人は人を愛し、ゆるし得るに至る。信仰による義を受けて、その中にこもれる父の深愛を味得するに至り、求めざる感激はおのずから我に起り、たぐいがたき生命はおのずから我に湧きて、人に對してもまた愛を起し愛を行うに至るのである。まず愛して、父に愛せらるるにあらず、まず父に愛せられて、愛するに至るのである。

　

　

附　言

　ロマ書第三章二一節 〜 二六節は、わずかに五節より成るところであるが、その中に�ｉｹの眞髄が�ﾍえられおるとして有名である。然るに何ゆえか文辭あまりに簡單である。パウロがもしこれを引きのばして長い論文となしおかば、研究者にとりてはまことに幸いであるのに、不幸にも、意地惡しと思わるるほど、その文字は簡單なのである。