証:「共に生きて下さる神様」

私はクリスマスが近づいてくると小学生の頃、教会学校で聞いたお話を思い出します。

私は小学校6年生の時、初めて教会へ行きました。それは私の祖母が教会学校へ行くのを勧めたことと、私の心の中にあった「教会って何をするトコなんだろう?」という好奇心がきっかけでした。

一人で初めて教会へ行った日、私はあまりにも緊張し、何度も教会の前をウロウロして20分くらいたって、やっと教会の中にいる人に声をかけました。私が「教会学校に参加したい」と伝えると、あたたかく私を迎えてくれました。それから教会学校の先生は聖書なんて読んだこともない私に、私がわかるように一つ一つ教えてくれました。

クリスマスが近づいたある日の教会学校で先生は一つの事を話されました。それは「イエス・キリストが生まれた時代、王様と呼ばれる方の子供が生まれる時はあたたかく、清潔で、何もかも揃って不自由しない宮殿の中で生まれました。イエス・キリストはというと、神の子であって人間の王様の子以上の方であるのに小さな馬小屋で生まれました。家畜の臭いがしたり、エサやフンが落ちてたりと、きれいとはいえない場所です。しかし、その馬小屋以上に汚いのが私達の心の中です。私達の心の中には罪があり、神の聖さと比べるとあまりに離れた存在です。しかし、神の子であるイエス・キリストが貧しい姿となって生まれました。それは神が私達と共に生きてくれる方であって、決して私達と離れた関係ではないのです。」

この話を聞くまでは、神と呼ばれる方と私達の関係は離れたモノだと思っていましたから、神がこんなにも私達を愛し、神と私達との関係がこんなに身近であることに本当に驚きましたし、嬉しかったです。

聖書の中にこういう言葉があります。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネによる福音3章16節)

今年のクリスマスを、今、このトラクトを読まれているあなたと祝えることを楽しみにしています。

K姉