証:「時にかなって美しい」

私は教会活動の少ない、決して誇れる信仰者ではありませんが、そんな小さな存在である私の人生にもキリストは下りてこられました。

私が初めて神様のことを知ったのはハワイ留学の2年目でした。自分改革を願い飛び込んだ留学生活。しかし自由を勘違いして、タバコ、夜遊び、果てにはマリファナにも手を出し、生活は荒れていきました。

そんな中、クリスチャンの友達に誘われるままに、日本人牧師宅へそして教会へも足を運ぶようになりました。しかし動機はキリスト教なんて叩けばほこりがでる、食べ物にもありつけるらしいから行ってみようというとくらいでした。

ある日、ある人の真摯な思い、誠意を踏みにじり、それを楽しんでいる自分に気づかされ愕然とすることがありました。自分のずるさ、愚かさ、汚さを目の当たりにして、もはや生きるべきでない、と思いました。

悶々と過ごす私を見かねて、当時同居していた従妹に牧師先生のところへ行くよう薦められ、先生に話を聞いて頂きました。(そんな従妹の存在があったことも恵みです。)

私の支離滅裂な話の後、先生は静かに「直美さん、神様はそれでも貴方の事をずっと待っておられ、貴方が戻ってくることを望んでおられるのですよ。」と言われました。こんな私でもいい、と言う神様が本当にいるのなら、そこにかけてみたい、と、そこで初めてキリストを信じることができました。

以来、20年近くの年月が過ぎようとしていますが、その間、神様は私の人生の様々な場面で私を支え、導き続けておられます。仕事を決める時も、自分の無力さに悔やむ時も、人との衝突があって苦しむ時も、結婚を決断する時も、家族が病気で苦しむ時も、自分自身の病気の時も、次女が結婚する時も、長女が出産する時も、主は私を導き、諭してくださった。

神様の道に従うとき、そこには寸分の間違いもありません。決して私たちをあきらめることをされない神様に「ありがとう」そして「この身をゆだねます」という毎日が過ごせたら、と思います。主の平安がみなさんのお一人お一人の上にありますように。

N.T姉