「MOTTAINAI!」
最近、「もったいない」と思ったり、感じたりしたことがありますか?
私は、コンビニで毎日廃棄される食品の量(平均的な店で一日10キロ〜16キロ)を聞いて、思わず大きな声で「もったいない」と言ってしまいました。レストランや結婚式場、そして、何と家庭からもこのような食べ物が毎日大量に捨てられています。現在、世界では一日に1万7千人もが飢餓のため命を失い、約8億人が慢性的な飢えに苦しんでいると言われていますが、それを考えると日本の状況は実に「もったいない」かぎりです。
さて、最近この「もったいない」という言葉が多くの人の注目を集めています。例えば、2004年のノーベル平和賞受賞者で現在ケニア共和国環境副大臣のワンガリ・マータイさんは日本に来た時「もったいない」に出会い、いたく感動。毎日新聞のMOTTAINAIキャンペーンの名誉会長として、国連などでこの言葉を使うことを提言しています。
6月に発売されたプラネット・リンク編『もったいない』(マガジンハウス)の中でマータイさんは次のように述べています。「初めて日本語の『もったいない』の意味を知った時、世界へのメッセージとして大事な言葉だと直感しました。(中略)そして、長年、環境問題に取り組むなかで掲げてきた合言葉『三つのR』(リデュース・リユース・リサイクル)を、たった一言で言い表しているのが素晴らしいと思いました。」
子どもたちの間で人気の絵本にもこの「もったいない」を取り上げたものがあります。講談社の創作絵本シリーズの一冊、真珠まりこ著『もったいないばあさん』で、もったいないことをしていると現われては、「もったいないことをしていないか」と迫ってくるばあさんが登場します。このばあさん、なかなか迫力ある姿で描かれているので、大人でも読んだ後は「ごはん粒の一つも残してはいけない」という気持ちになるでしょう。
ところで、「もったい」とは物の本体や本質を意味する「勿体(物体)」で、「もったいない」は物の本体、本質を失うこと。「もったいない」には「おそれ多い」という意味もありますが、「無駄になるのが惜しい」という気持ちを表す言葉として広く使われているようです。
時々、価格の暴落を防ぐためにと、農産物など(例えば、つい先日まであれほど高値だったキャベツ)を収穫する前に、勿論、食べることができるのにもかかわらず、廃棄してしまうのは「もったいない」ことです。コンビニやレストランなどの食品廃棄物を含めて、それらをできる限り「リデュース」―減量する知恵と工夫が今、本当に必要です。
まだ使用可能なものを少々古くなったからと言って捨ててしまうのは(新品、新製品好きと言われる日本人には大変つらいことであるとは思いますが)、「もったいない」ことです。最後まで使い切ってしまうことや、限られた資源からこれらの製品が作られているのですから、再使用(「リユース」)や再生利用(「リサイクル」)の努力を私たちは惜しんではなりません。
聖書は、この世界にあるもののすべては神によって創造された、その神によって造られたものすべてをしっかりと管理する、これが人間に与えられている責任だと教えています。すべては神から与えられているのだから、決して無駄にしてはならない、これが「もったいない」の精神の土台です。
「もったいない」の姿勢を活かす必要があるのは、ものだけではありません。終戦60周年を迎える今、過去の間違いや失敗から学ばないことは「もったいない」ことです。同じことを繰り返さないようにするためにも、この「もったいない」は何としても避けなければなりません。
また、私たち一人一人が神の目に「高価で尊い」(旧約聖書・イザヤ書四十三章4節)存在であり、神がそれぞれに「将来と希望を与えるための」計画を立てておられる(同・エレミヤ書二十九章11節)ことを知らないで生きる、これが究極的に「もったいない」ことです。神から私たちに与えられている命を大切にし、さずかった能力やチャンスを十分に活かして生きることから、「もったいない」を広めていく運動をはじめていきたいと思います。