2013年4月7日(日)

「まず神の国」

聖書箇所:マタイの福音書6:33-12

トルストイ(1828-1910)というロシアの文豪は、亡くなる一か月前に、マハトマ(魂)・ガンジーに書簡を送っています。 トルストイの「無抵抗」主義の計画を、イギリスからのインドの独立のために実施し、勝利に導いた指導者がガンジーでした(ロマン・ロラン著、海老原徳夫訳、「トルストイの生涯」岩波書店刊行から)。
トルストイは 「キリストは愛に生きることの大切さを教えている。 しかし、人間は愛の素晴らしさを認めながらも、目的を達成するために暴力をもって対立する人々やその思想を排除するという矛盾を抱えている」 と、人間社会の矛盾を訴えました。

「人間は罪があり、汚れた存在であること」、また 「神は聖いお方であり、全く罪を持たない正しいお方であること」 この聖書の基本的な教えでさえも、私は認めていませんでした。 今もそうかもしれません。 たとえば、「ある方から、松下さんは食いしん坊ですよね」と言われたとき、とてもショックでした。 自分が食いしん坊 (貪欲な者) とは、思っていなかったからです。 「人間はみな罪人だ」と認めながらも、しかし「自分だけは違う。自分は特別だ」と思っている自分がいる。 すべての人はこのように思っているのかもしれません。そして、あらためて 「松下さん、あなたは罪人ですね」 と面と向かって言われると、頭に血がのぼってカァーとなってしまう。 これが現実なのでしょう。

「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。 けれども、あなたがたの天の父がこれを養ってくださるのです。 あなたがたは鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。」(6:26,27) と聖書は教えています。私たちは多くの物を持ちすぎていないでしょうか。 何も持たなければ悩まないのに、なまじ財産があるので、悩み苦しむ。大金持ちが、盗られると心配して財産を土の中に隠すのですが、なお人を疑い続け、終いには不眠症になってしまうお話を読んだことがあります。何も持っていなければこのような悩みは生じません。 雀がうつ病で苦しんでいるという話は、聞いたことがありません。
第一に求めなければならないものは神さまです。 私たちを形造られた神を求め知ることが一番大事なことです。 「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。 そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6:33) 私たちが 「神の国とその義を」 第一に求めるなら、加えてすべてのものが与えられるのですから、私たちは感謝すればいいのです。

【 結 論 】
今年度の年間主題は「知れ。主こそ神」です。
私たちは神の国に入るまで、求道者であり続けたい。 この人生をかけて、命と真理と自由を、信仰と希望と愛を、神と御子と聖霊を、神の国とその義とを求め続けましょう。
主のうちにこそ、祝福があると信じて。 最後に、詩篇100篇をお読みします。