2013年1月1日(火)

「主こそ神であることを知れ」

聖書箇所:詩篇 100:1-5

年頭にあたり詩篇100篇のみことばから学びます。この詩篇の各節はどんな言葉で始まっているのでしょうか。
1節:喜び叫べ。2節:礼拝せよ来たれ。3節:知れ。4節:入れ 入れ。5節:(主は)良い

1節:喜び叫べ。
礼拝者は主(ヤハウェ)に対して喜び叫ぶのです。 あなたは、ヤハウェに向かってどのように叫ばれますか。

2節:礼拝せよ。来たれ。
礼拝とはヤハウェを拝み尊敬することです。 ヤハウェは偉大な神であり、自らは被造物にすぎないと認めることです。 ヤハウェの御前にひざまずきひれ伏します。 御名をほめたたえ感謝します。ですから、礼拝者は喜びをもって、ヤハウェに仕えるのです。そして、ヤハウェを自分の生活の全てとするのです。 ヤハウェは来なさいと私たちを御前に招いてくださるお方なのです。 ヤハウェは私たちとの交わりを拒むことなく、私たちを招き、受け入れ、愛してくださいます。それゆえに私たちも、ヤハウェを愛し仕えるのです。

3節:知れ。
ヤハウェは「知れ」と命じます。 何を知るのでしょうか。「ヤハウェこそ神である」事を知りなさいと命じています。 人間はヤハウェを知りません。 目に見えないので知らないというだけではありません。 「ヤハウェこそ神である」と教えられないので、知らないのです。 「ヤハウェこそ神であり、創造主である」ことを知ったなら、私たちの生き方が一変します。 そして、自分が何者であるかがはっきりと見えてきます。

4節:「入れ。入れ。」 と二度繰り返されています。ヤハウェは礼拝者をご自分の聖所に招き入れてくださるお方です。 「ヤハウェの門に入れ」「ヤハウェの大庭に入れ」と。 ヤハウェはイスラエルの人々にお会いできることを楽しみに待ち望んでおられます。 私たちの使命は、その聖所に入り、主に賛美と感謝をおささげすることです。 ヤハウェを礼拝することが主の民の喜びなのです。

最後に礼拝者の主への賛美が歌われています。5節:「ヤハウェ は良い」と。ヘブル語では「良い(トーブ)」という言葉が使われています。主のいつくしみはとこしえまで。主の真実はとこしえまで。

【 結 論 】
ノアは大洪水のあと、箱舟から出て最初に主(ヤハウェ)のために祭壇を築き、その上で全焼のいけにえをささげました。 主を礼拝したのです(創世記8:20)。
また75歳の時、アブラハムはハランを出てカナンの地に入り、シェケムのモレの樫の木の所まで来ました。 そこで主がアブラハムに現れ、「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える」と仰せられたとき、アブラハムはヤハウェのためにそこに祭壇を築きました。 アブラハムは主を礼拝したのです(創世記12:7)。
旧約時代の偉大な信仰者たちは、主を礼拝することを最優先しました。新約聖書の信仰者たちはイエスのみ前に跪きました。新しい年が主を第一とし、礼拝を生活の中に取り入れた祝福の歩みでありますように。