2016年8月7日(日)

「いのちを尊ぶ心」

聖書箇所:マタイの福音書16章26節

Ⅰ.序論
相模原市緑区千木良(ちぎら)の障がい者施設 「津久井やまゆり園」 で7月26日の未明、
刃物を持った男が入所者を襲い、19人が死亡26人がけがをしました。 逮捕された元職員の植松聖(さとし)容疑者は 『障がい者なんていなくなればいい』 と考え、重度の障がい者を狙って事件を起こしました。  植松容疑者が繰り返し語っている 「障がい者なんていなくなればいい」 という発言が、今回の事件を紐解くキーワードではないだろうかと、私は思いました。

Ⅱ.「障がい者なんていなくなればいい」との思想
今回被害にあった障がい者の家族は心に深い傷を負いました。 突然の惨事に戸惑い、激しい怒りをあらわにしています。 障がい者の関係団体にも波紋は広がり、また障がいを持っている人々にも非常に大きな衝撃を与える事件でありました。 「障がい者なんていなくなればいい」 と言っている容疑者の思想は、ナチスドイツのヒトラーの 「優生思想」 からきていると思います。 「優生思想」とは、劣等な子孫の誕生を抑制し、優秀な子孫を増やすことにより、単に一個人の健康ではなく、一社会あるいは一民族全体の健康を計ろうとする思想です。

Ⅲ.神にあって造られたいのちは尊い
聖書は 「人間のいのち」 について、次のように教えています。  
(1)聖書は、すべてのいのちは神にあって創造された、と教えています。神にあってつくられたゆえに、
  すべてのいのちは尊いのです。(創世記1:26-28)  
(2)聖書は、すべてのいのちは神が与えられた貴重なものである(イザヤ42:5)、と教えています。 (3)聖書は、すべてのいのちは神に属していて、神の支配うちにあると教えています。
          (申命記32:39、詩篇104:29)、  
(4)聖書は、人が死ねば、それは神のもとに帰る(ヨブ34:14-15、伝道の書12:7)、と教えています。  
(5)聖書は、いのちを人は奪ってはならない(創世記9:5、出エジプト20:13)、と教えています。
(6)聖書は、いのちが宿っているゆえに、人の血を流すことも、人を食することも禁じられている
   (レビ17:11-12)、と教えています。

【 結 論 】
障がい者のいのちも神から与えられているゆえに尊く、いかなる理由があろうともそのいのちを奪ってはならないのです。 さらに素晴らしいことは、まことのいのちを得ることです。
「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。
そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいのでしょう。」
(マタイ16:26) 
イエス・キリストを信じて、まことのいのちを得ていただけると幸いです。