2016年12月18日(日)

「イエスの誕生にかかわる女性たち②」

聖書箇所:マタイの福音書 1章1節~17節

Ⅰ.イエス・キリストの系図にある汚点  
 系図に女性が登場することは非常に珍しいことです。
しかしイエス・キリストの系図には5人の女性が登場しています。 救い主の系図ならば、傷も汚れもない聖なるものに違いないと考えるのが当然でしょうが、現実はまったく違うものでした。
 タマルは舅(しゅうと)と不倫(姦淫)の罪を犯した女であり、ラハブは遊女でした。 ルツはモアブ人の女であり、ウリヤの妻はダビデ王と不倫の罪を犯した女です。 そして、キリストの母であるマリヤも不貞によって身ごもったという誹謗・中傷を受けた女であります。

Ⅱ.「姦淫の罪」と5人の女性
 5人の女性に共通する問題は「姦淫の罪」であるとわかります。 キリストの母マリヤは姦淫の罪を犯していません。 疑惑をもたれたということであり、ほかの4人の女性たちとは立場が異なります。マルタとウリヤの妻は姦淫の罪を犯した女性です。
 マルタは舅のユダとの間にパレスとザラ(ゼラフ)の双子を産み、このパレスがキリストの先祖になる のです。 またウリヤの妻は、ダビデ王の後継者であるソロモン王を産みます。 ラハブは当時の職業であるとはいえ遊女であり、姦淫の罪を犯しているとして神に忌み嫌われました。 このラハブと夫の サルモンの間にボアズが生まれ、彼がルツの夫となります。 このルツは「姦淫の罪」とどう関わるの でしょうか。 彼女はモアブ人の女であったことです。モアブの娘たちはかつてイスラエル人を不道徳と偶像礼拝に陥れたからです (民数記25:1-3)。
 神さまはイスラエルがモアブ人と交流することを禁じ、ルツはイスラエルを姦淫の罪に陥れたモアブ人そのものでした。 真の神を信じる信仰によって、ルツは祝福され、ボアズと結婚してオベデを産みます。 このオベデの息子であるエッサイからダビデ王が生まれました。 キリストはこのダビデ王の子と呼ばれています。

【結論】
 人間にとって結婚は祝福です。神さまにも人々に喜ばれるものであるなら、生まれてくる新しいいのちも祝福されます。 しかし姦淫の中では、本来祝福されるべき新しいいのちの誕生であっても、様々な不協和音を生じます。 生まれてきたいのちは、平安で幸いな居場所を失い、混乱と争いの世界に巻き込まれます。
 イエス・キリストの系図がまさに罪深い人間としての姿を指示しています。 それは、ユダヤ人が、そしてキリスト者(教会)が高ぶることなく、神の御前に自分自身が「罪ある存在」であることを認め謙遜に歩むためにほかなりません。 神のご介入は、新しい喜びと希望をもたらします。 神さまはそこに聖霊を介入させることで、キリストが神の御子であることをあかししています。
 聖霊によって身ごもったマリヤは、聖なる神の御子を産むことで新しい希望を生み出しました。 神によってもたらされる聖さと義と永遠のいのちへの招きです。罪人である私たちは、神であり、救い主であられるイエス・キリストを信じることによって、聖霊さまによって生み出さるのです(ヨハネ6:47)。ここに信仰による祝福があります。