2011年9月11日(日)

「国籍は天にあり」

聖書箇所:ピリピ人への手紙3:17-21

Ⅰ.神の国の待望
「私たちの国籍は天にあります」と使徒パウロは告白しました。 イエスは救い主であると信じる者は、旅人 としての地上生活から、魂のふるさとである神の国を待望しています。

Ⅱ.神の国と天国は同じものではない  
日本人は死んだら例外なく誰もが天国へ行くと考えています。 ある人々は「蜘蛛の糸」(芥川龍之介著)という小説に影響されて、極楽を天国であるとイメージしているように思います。 美しい蓮池の周りを歩いているお釈迦様が印象的です。 ある人々は地上とは対照的に全く汚れのない場所として天国を思い描いているように思います。 また、宇宙のはるか彼方に天国があるのではないかと考えている人々もいるようです。
しかし、日本人が思い描く天国は何の根拠もない漠然としたものです。 天国がどこにあるのかも分らないし、本当にそこに入ることができるという確証もありません。 日本人が当たりまえのように信じている「天国」は、聖書が教えている「神の国」とは何の関係もありません。聖書の中に「天の御国」「御国」「天」という表現があるので同じものではないかという錯覚があるように思います。

Ⅲ.神の国を待ち望め 
聖書の教える「神の国」は、イエス・キリストの神が王として君臨し支配する領域です。
「神の国」は地上に存在する国家とは違います。 まだ不完全ではありますが、地上にある教会も神の国(神の支配する領域)です。 世の終わりの時、地球も宇宙も滅びますが、代わりに新しい天と新しい地が完成します。 これが神の国です。ここには罪や悪や死などは存在しません。イエ ス・キリストにある平和が王国を支配しているので、病気や苦しみや争いなどは一切ありません。 主を礼拝し、賛美と感謝をささげる毎日です。 人々は愛し合い助け合い、平安と喜びと希望に満たされています。 まことの愛と命と自由を享受して、永遠に神を喜ぶのです。「私たちの国籍は天にあります」と告白して、あなたも「神の国」を待ち望んでみませんか。
(当教会に関わる33名の召天者のご紹介は省略させていただきます)

Ⅳ.結論  
人の思いは欲望で満ちています。 この世の勝利者になり、権力や富をはじめ全てのものを手に入れたい、人々から尊敬され称讃されたいなど、地上の事柄だけに終始しています。何と空しく悲しい人生でしょうか。 天に目を向けてください。 神の国を待ち望む時、私たちの価値観は変えられて、今日をいかに生きるべきかがはっきりと見えてきます。
どうぞ、イエス・キリストを救い主と信じてください。 「神の国」、「永遠のいのち」を受けて、死と罪と滅びを恐れない、平安に満たされた実り豊かな人生を経験してください。

「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、 私たちは待ち望んでいます。」 (ピリピ3:20)