2011年6月26日(日)

「イエス・キリストを土台として」

聖書箇所:コリント人への手紙第一3:10-17

1994年6月26日、私たちはこの教会堂と教育館の二つの建物を主におささげいたしました。
本日は17回目の記念日を迎えました。心から感謝申し上げます。さて、「私たち教会の礎、土台はイエス・キリストである」 ことをしっかりと心に留めてください。聖徒である私たちが奉仕することをとおして、教会は建て上げられています。私たちは奉仕を通して、目に見えないイエス・キリストの教会を築いているのです。自分の信仰・賜物・能力に応じて、主のご栄光を表す働きに参加しています。会堂のお掃除、お食事作り、お花、兄姉の送り迎え、集会の司会、奏楽、ソングリーダー、賛美、献金、受付、会場、音響、教会学校教師、教育メッセージ、家庭集会、来賓のもてなし、建物の営繕、あかし、伝道、祈り、訪問、交わりなど・・・

私たちはイエス・キリストの土台の上に金、銀、宝石、木、草、藁など様々な材料を用いて教会を建てあげています。その建物が立派で価値のあるものかどうかは、世の終わりの時に分かります。イエス・キリストが再び来られて、火をもってその真価を試されるからです。ある人の建てた建物は残り、ある人の建てた建物は焼け落ちます。すぐ焼けてしまうわらのような材料で教会を建て上げた人は命は救われますが、それがすべてです。金や銀のような材料を用いて教会を建て上げた人は、建物も残って主から大きな報いを受けるのです。イエス・キリストの評価は、どれだけ多くの献金をしたかとか、どれだけ多くの奉仕をしたかではありません。信仰が問われます。わずかの献金や奉仕であったとしても、イエス・キリストを愛する信仰をもって真心を込めてささげるなら、主の報いから漏れることはありません。私たち信仰者の群れである教会は聖なるものです。神の神殿だからです。私たちクリスチャンの信仰と行い (生き方) をとおして、神さまのすばらしさ、愛、聖さ、正しさなどが人々に証しされるのです。

【 結 論 】
1.私たちは神の神殿であり、神さまが教会に臨在しておられることを感謝しましょう。
2.私たちは 「イエス・キリストこそ神の御子であり救い主である」 との信仰告白の上に教会を建てあげています。主に喜ばれる最高  のものをおささげいたしましょう。
3.負債を返済してまいりましょう。 これは私たち教会の責務です。
この会堂建設のために1億3千7百万円の出費がありました。8,000万円の借り入れをし、毎月40数万円の返済を行っています。17年間、滞ることなく返済が守られたことを感謝いたします。現在残っている借金は1,200万円ほどです。 あと2年半、2013年12月で全ての返済が終了します。 信仰をもって責任を果たしてまいりましょう。

会堂建設に直接関わっておられない皆さんにお願いします。良い環境の中で礼拝をささげ、交わりにあずかれるのは、この礼拝堂が与えられているからです。教会員の一人として一緒に重荷を担っていただけないでしょうか。 喜ぶ者と共に喜び、悲しむ者と共に悲しむ仲間になってください。あなたの信仰に主は必ず報いてくださいます。