2010年9月12日(日)

「年老いた方々への勧め」

聖書箇所:テトスへの手紙2:1-5

パウロはアカヤ州の北にあるアドリヤ海に面した港町ニコポリから、クレテ島に残したテトスに手紙を書きました。一章の後半で彼は偽教師の教えに警戒するようにと勧めています。クレテの教会は偽の教えをする人々によって、信徒たちが惑わされていたからです。パウロはテトスに宛てた手紙の2章において、教会員の各層に対してテトスのとるべき態度を示しています。その中には老人(2節)、年を取った婦人(3節)、若い婦人(4節、5節)、若い人々(6節-8節)、奴隷(9節、10節)などが含まれています。

今朝は老人と、年をとった婦人に対する勧めを取り上げます。
パウロはまず「老人たち」に勧めています。「老人たちには、自制し、謹厳で、慎み深くし、信仰と愛と忍耐とにおいて健全であるように。」(2節) 古代の家父長制社会においては、老人たちの権威と威信とは、年を取るに従って増してゆきました。家庭や教会などで、老人たちがその権威を盾にとって、行き過ぎた振る舞いをしてしまうことがあったようです。 そこで老人たちは、自制し、謹厳で、慎み深くあるように求められたのであります。「自制する」は節制する、穏健なという意味の言葉です。 謹厳は「真面目な、厳粛な、尊敬すべき、価値のある」という意味の言葉であり、行動の厳格さを表しています。

テモテ第一の手紙ではこの言葉が威厳と訳されています。「それは、私たちが敬虔に、また威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。」(Ⅰテモテ2:2) 「同じように、年をとった婦人たちには、神に仕えている者らしく敬虔にふるまい、悪口を言わず、大酒のとりこにならず、良いことを教える者であるように。」(3節) 敬虔にふるまいは「神殿に仕える祭司のように信仰深くふるまう」こと。年をとった婦人は厚顔無恥(厚かましいこと)になりがちですから、敬虔に生活すべきなのであります。悪口を言わずは、悪意のあるおしゃべりをしないこと。大酒のとりこにならずの「とりこになる」は「奴隷のように縛り付けられている」という意味です。クレテの人々は男女に関わらずお酒の問題が深刻であったようです。 (4、5節の一部は割愛します)

パウロは5節の最後で「それは、神のことばがそしられるようなことのないためです。」と結論付けています。神のことばとは「真理の道」であり、私たちが真理に至る道を歩んで行くとき、私たちが聴き従わなければならないのは、神のみことばであります。

【 結 論 】
今日のみことばの中で印象的なのが・・・謹厳という言葉と、テモテへの手紙第一2章2節のみことばです。「それは、私たちが敬虔に、また威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。」(Ⅰテモテ2:2)  謹厳は「真面目な、厳粛な、尊敬すべき、価値のある、名誉ある、良い性格の」という意味の言葉です。威厳をもって生きることは、重要なあり方であります。 年をとっても私たちはお酒に溺れてはなりません。私たちはいつも主の御前に敬虔であるかどうかを吟味しないなら、人前で高ぶる者となるのです。
「威厳をもって、平安で静かな一生」を過ごしたいものです。