2010年6月13日(日)

「主にある交わりの回復」

聖書箇所:使徒の働き2:43-47

ペンテコステの日に、ペテロの宣教によって、三千人がイエス・キリストを信じて救われました。新しく誕生した教会が共有したものは、パン裂きと祈りでした。 主イエスの権威と使徒の教えによって、教会の秩序は保たれました。弟子たちは毎日、心を一つにして宮に集まり、また信者の家に集まって、そこで聖餐式を行い、食事の交わりをしました。

私たちの教会は創造主の家族として、キリストにあって一つとされています。 まさに、この地上にある 「神の国」 です。しかし、教会は完全な共同体ではありません。 争いやさまざまな問題を内包しているからです。また教会は万能でもありません。どんな病気もどんな問題も、すべて解決される特効薬のあるところではありません。たとい、さまざまな問題を抱えているとしても、私たちは救われて教会の肢体とされ、大いなるいのちの祝福の中に入れられています。神との平和、人との平和が与えられました。神を喜び賛美する者とされたことは、人間としての本来の姿への回復でありました。

【 結 論 】 
宣教50周年記念をお祝いする恵みの時が与えられていることを心から感謝いたします。
私たち横浜白山道教会は、サップスフォード宣教師の六浦における開拓伝道から始められた主のみわざによる実であります。もし、サップスフォード先生が日本に宣教師として来られなかったなら、もし、六浦で開拓伝道を始められなかったなら・・・と、考えるとき、今与えられている恵みが、どれほど大きなそれであるかと気づかされるのであります。

しかも、私たちが何かしたというのではなく、すべてが与えられた恵みであること。サップスフォード先生は、アメリカから与えられた宣教師です。与えられた福音もアメリカの宣教師が携えてこられました。開拓時代の宣教師の生活費や伝道費、そして白山道の土地購入費用や会堂建築費用など、多くの必要はアメリカの教会からの献金としてもたらされたものです。
どれほど多くの恵みを受けて教会は、今の姿になることができたのでしょうか。すべてが主からいただいたもの・・・。それゆえに、心からの賛美と感謝を、主におささげしたいのです。「50年間」と一口に言いますが、半世紀という年月は、決して短くありません。そこに毎週の公同礼拝、聖餐式、共に祈り、賛美し、交わりを持つ共同体の営みがありました。
どのような状況の中にあっても途絶えることなく、守り続けてこられた信仰の火が燃え続いて、今日に至りました。この礼拝と伝道の働きによって、多くの人々が主を畏れ、福音を聞き、救いに導かれてまいりました。将来に向かって心にとめなければならないことは、毎日毎日のあるいは毎週毎週の礼拝の営みを重んじ、それを大切にしてゆくことではないでしょうか。

「私ひとりぐらい礼拝を欠席しても何の問題もない、何の影響もない。」 と考えないで下さい。小さな日々の信仰生活を大切にしてゆくことが、後の大きな祝福へとつながることを知り、礼拝と祈りの生活を大切にいたしましょう。 何よりも、主に献身いたしましょう。