2009年4月12日(日)

「復活の朝」

聖書箇所:ヨハネの福音書20:1-12

イエス・キリストは十字架で処刑されました。なぜイエスは十字架につけられて殺されたのでしょうか?
自分勝手、わがまま、うそ、ねたみ、けんか、いじわる・・・など、すべての人間の罪を赦すために、イエスが身代わりとなって死なれたのです。

その日のうちにイエスはお墓に葬られました。当時のイスラエルのお墓は岩をくり抜いた洞窟でした。そこに遺体を葬り、墓の入り口は大きな石でふさぎました。イエスは死に、もう生きていません。 私たちを愛し、多くの恵みを与えてくださった主はもういないのです。あなたは愛する人、大切な人を亡くした経験はありませんか。私は今年になってから、愛する人を三人も亡くしました。もうその人の顔を見ることも、声を聞くこともできません。とても寂しく、また悲しく思います。

日曜日の朝、マグダラのマリヤはイエスのからだに香油を塗るために墓にやって来ました。彼女はイエスさまに愛された弟子の一人であり、自らもイエスさまを慕っていました。マリヤが墓に来て見ると、何と墓の入り口をふさいでいた大きな石が動かされていました。墓は空っぽでした。そこには亜麻布だけが残されていて、イエスさまのからだはありませんでした。イエスはどこに運ばれてしまったのでしょうか? だれがイエスを取って行ったのでしょうか?

墓の前で呆然とたたずんでいたマリヤが振り向くと、イエスが立っておられました。しかし彼女には、それが主であるとはわかりませんでした。主は彼女に言われました。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」彼女は、その人を園の管理人だと思って言いました。「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言ってください。そうすれば私が引き取りま。」イエスは 「マリヤ」と呼びかけられました。彼女は振り向いて「ラボ二(アラム語で先生)」と答えました。マリヤはイエスにすがりつきたいと思いましたが、イエスは彼女に言われました。「わたしにすがりついてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに『わたしは、わたしの父またあなたがたの父のところ、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る』と告げなさい。」イエスが命じられた通りに、マリヤは主がよみがえられたことを証言しました。

【 結 論 】 
① イエスは確かに死なれました。
② 死んで黄泉 (よみ=死人が行くところ)にくだられたのです。
③ しかし、三日目によみがえられました。
④ よみがえられた主は、多くの弟子たちにご自身を現わされて、生きておられることを証言されました。
⑤ その後、イエスは昇天されました。 イエスは、今も天で生きておられます。

イエス・キリストは十字架に死に、復活し天に上り、今も生きておられるまことの神であります。この福音を信じましょう。
聖書のことば:「ここにはおられません。よみがえられたのです。」
 ルカ24章6節