2015年3月15日(日)

「ナタンの叱責」

聖書箇所:サムエル記Ⅱ12:1-31

Ⅰ.ナタンの叱責
神である主は、預言者ナタンをダビデ王のもとに遣わしました。ナタンはダビデにあるたとえを話し始めました。

「ある町にふたりの人がいました。ひとりは富んでいる人、もうひとりは貧しい人でした。富んでいる人は、非常に多くの羊や牛を持っていました。貧しい人の持ち物は、自分で買って来て育てた一頭の小さな雌の羊だけでした。子羊は貧しい人とその子どもたちと一緒に暮らしていました。家族と同じ食べ物を食べ、同じ飲み物を飲み、同じ寝床で寝ました。子羊は貧しい人の娘のように愛情を注がれて育てられていました。ある時、富んでいる人のところに旅人がやって来ました。旅人をもてなすために、富んでいる人は自分の羊や牛を殺して調理するのを惜しみ、貧しい人の雌の羊を奪い、自分の客をもてなすために調理しました。」(1~4節参照)

Ⅱ.悔い改めたダビデ
ダビデは「なんて悪い奴だ。このような奴は死刑だ」と叫びました。これに対して、ナタンは「あなたがその男です」と、ウリヤの妻を奪いウリヤ自身をも殺したダビデの罪を告発したのです。ダビデは十戒のうち三つの罪(第6、7、8あるいは10戒)を犯しました。
この厳しいナタンの叱責と警告は神ご自身のご計画であり、みこころでした。主はダビデが悔い改めに導かれることを願い、預言者ナタンを遣わされたのです。
この罪の結果として、主はダビデの家庭に剣をもたらし、子どもたちの不和と死という不幸をもたらしました。この厳しい主の叱責と警告に対して、ダビデは悔い改めをもって応えました。ダビデの心からの悔い改めは、彼自身の命を救います。しかしバテ・シェバ(ウリヤの妻)との間に生まれた長男の命を救うことはできませんでした。
バテ・シェバは再び身ごもり、男の子を産みます。この第二子がソロモンであり、「あなたの身から出る世継ぎの子」(7:12)です。主はダビデと結んだ契約のゆえに、ソロモンを通してその契約を遂行され、ダビデの王国を確立されました。

【 結 論 】
ダビデは罪を悔い改めました。これが彼自身の命を救うことになりました。サウル王が罪を犯した時、彼も主の御前に罪を告白して悔い改めました。しかし、サウル王の罪は赦されず、サウル王はそのイスラエルの王位から退けられました(Ⅰサムエル15章)。
ダビデもサウルも悔い改めましたが、ダビデは罪赦され、サウルの罪は赦されませんでした。二人の違いはどこにあるのでしょうか。神の目の前にダビデとサウルは何が違っていたのでしょうか。そうです。二人の違いはその心です。心から悔い改めたダビデとそうでなかったサウルの違いを、主は見抜いておられたのです(Ⅰサムエル16:7)。
詩篇51篇は心からの悔い改めがいかに大切かを教えています。ダビデ自身の悔い改めの詩篇は以下のとおり告白しています。
『神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。』(詩篇51:17)