2015年4月5日(日)

「ラザロのよみがえり」

聖書箇所:ヨハネの福音書11:25

イースターおめでとうございます。
今朝はイエスさまが言われた「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25) というみことばをいただきます。

マルタとマリヤの二人の姉妹がべタニヤ村に住んでいました。マルタにはラザロというもう一人の兄弟がいました。イエスさまはこの三人の兄弟たちを愛していました。ある時ラザロは病気になりました。マルタとマリヤはイエスさまに使いを送り、「早く来てラザロをいやしてほしい」とお願いしました。しかし、イエスさまはさらに二日間そのところにとどまりました。
 イエスさまがベタニヤ村にやって来たとき、すでにラザロは死んで葬られていました。マルタもマリヤもイエスさまが自分たちの願いを聞いてくれなかったことに腹を立てて、イエスさまに怒りをぶつけました。イエスさまは次のように言われました。「この病気は死で終わるだけのものではありません。ラザロの死は、神の栄光が現されるためにあり、わたしがラザロのよみがえりによって栄光を受けるためです。ラザロはよみがえります。わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。」 
 マルタもマリヤも、そしてべタニヤの村人たちも「ラザロはよみがえる」というイエスさまのことばを信じませんでした。イエスさまはラザロが葬られているお墓にやってきました。ラザロはほら穴の中に葬られていました。イエスさまは墓の入り口の石を取り除き、「ラザロよ、出て来なさい」と叫びました。するとラザロが墓の中から出てきました。手と足は長い布でまかれていました。また頭と顔も布切れで巻かれていました。イエスさまはからだにまかれていた布を取ってやり、ラザロを家に帰らせました。これらの事を見た多くの人々は、非常に驚き、イエスさまを信じました。
 間もなくして、イエスさまは十字架に死なれ、その日のうちに墓に葬られました。しかし、三日目の朝に女の弟子たちがお墓に行きましたが、墓の中にはイエスさまのからだはありませんでした。イエス・キリストはよみがえられたのです。ラザロをよみがえらせたイエス・キリストを神さまはよみがえらせました。

【 結 論 】
1.「イエス・キリストがよみがえられた」ことによって、もう私たちは死を恐れる必要がありません。たとえ今病気になって死ぬことがあっても、主を信じていれば死は恐ろしいものではありません。新しいいのちを受け、天の御国に行けるのです。
2.「イエス・キリストが復活された」ことによって、もう私たちは絶望することがありません。
「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25)