2015年6月7日(日)

「隣人を愛せよ」

聖書箇所:ローマ人への手紙13章8節~10節

今朝の聖書箇所は、ローマ人への手紙12章9節以下の教えを受けて語られています。

Ⅰ.何の借りもあってはならない
   「だれに対しても、何の借りもあってはいけません」(8節)とは、お金や物を借りたとき、返すべきであると教えています。 贈り物をいただいたら、お返しするのが常識です。 またお世話になったら、感謝するのは当然ではないでしょうか。 パウロは経済的な負債のみならず、精神的な負い目もこれに加えています。 借り手に対して精神的な不安や心配を与えてはなりません。 借金によって親しい友人関係が壊れてしまったということはよく聞く話です。 ですから、返さない者は、相手に対して尊敬を払うこともなく、感謝の心もない不遜な者であると言わざるを得ません。教会においても、お金の貸し借りは十分に注意しなければなりません。 貸したときは忘れてもいいのですが、借りたときは決して忘れてはなりません。 たとえ少額であったとしても、返さないな関係が悪くなることは目に見えています。

Ⅱ.互いに愛し合うことは、別
ただし、互いに愛し合うことについては別です。 愛は無償です。 見返りを期待して与えてはなりません。 愛を受けたとき、私たちはその愛を感謝して受けるべきです。 愛を受けた者は、支払いきれない無限の負債を負うのです。 愛された者は愛することを学び、また愛することを知っている者は、愛されている者です。 すなわち、他の人を愛する人はすでに律法を完全に守っている者なのです。 平凡な日常生活の中にあって、家族や友人また身近にいる人々を愛することによって私たちは神の戒めである律法を全うしているのです。

Ⅲ.隣人を愛することは、律法を全うする
9節は「『姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな』という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは【あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ】ということばの中に要約されているからです。」と語っています。

十戒の中にある 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」 との命令を守ることは、隣人を自分自身のように愛することになります。 隣人を愛することは律法を全うすることに他なりません。
「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」(レビ記19:18、マタイ22:39)という教えは、モーセが教えた旧約時代の古い教えなのです。 また、イエス・キリストが命じておられる新しい戒めでもあります。キリストは十字架の死によって、「隣人を愛せよ」 との大切な戒めを自ら実践されました。

【 結 論 】
「隣人を愛する」 ことがすべてです。 愛は隣人を傷つけたり、苦しめたり、悩ましたりしません。悪を働かないのです。 愛はまさに律法を全うするものです。 愛は律法を完全に果たしそれを完成するものです(10節)。
社会における一切の人間関係は、キリストにある真実の愛によって完成します。ですから、すべての人間はキリストの愛の中にとどまらない限り、互いに愛し合うことは不可能です。
私たちは互いに愛し合いましょう。