2014年3月2日(日)

「愛と配慮をもって」

聖書箇所:マタイ 15:1-20

イエス・キリストがガリラヤ地方で伝道していたとき、パリサイ人と律法学者たちがエルサレムからやって来て、彼を試そうとしました。

Ⅰ.自分たちの言い伝えのために、神の戒めを犯す
弟子たちが手を洗わないでパンを食べていることを取り上げて、彼らは長老たちの言い伝えを犯していると攻めました(2節)。 パリサイ人をはじめユダヤ人たちはみな、昔の人たちの言い伝えを堅く守っていました。 これに対して、イエスさまはパリサイ人と律法学者の罪を指摘されました。 イエスさまがおっしゃられたことは、「パリサイ人と律法学者たちは、自分たちの言い伝えは守っているが、神の戒めは無にしている」 (3-6節) というものです。
両親に贈り物をするために貯えていたものは、神さまに全部おささげしましたと言うなら、その人は、両親に贈り物をしなくてもいいのです。 「差し上げることが出来なくなりました。」 と言い訳することによって、両親を愛する機会を奪いました。 言い伝えによる教えによって、両親を大切にさせないようにしてしまったのです。イザヤが預言したとおり (7-9節)、ユダヤ人の心は神から遠く離れていました。 口では 「はい、従います」 と言いながら、行いにおいては全く従っていない人の姿がここにあります。 「神のみ前に真実に歩みます」 と言いながら、舌の根のかわかないうちに 「嘘」 を言い、自分の弱さや過ちを隠すためにさらに偽り装う心がここに見られます。 それは、私たちの内にも見られるものではないでしょうか。

Ⅱ.口から出るものが人を汚す
今朝、心に留めたいのは、口から出るもの、これが人を汚すという教えです。 パリサイ人、律法学者たちはイエスの言葉を聞いて腹を立て、その場から去って行きました。 残った弟子たちにイエスさまは語られました。
「しかし、口から出るものは、心から出て来ます。それは人を汚します。」 (18節)心に敵意や怒りがあると、他人 (ひと) を傷つける激しい言葉が口から出ます。 しかし愛があるなら、優しい言葉が出てきます。 愛に満ちた言葉は人の心を慰め、いやします。 優しい言葉は人の心に安らぎと平和をもたらし、新しい喜びと希望へと人を導きます。

【 結 論 】
私も舌を治めることのできない愚かな者です。 失言が多くて皆様を傷つけ汚してしまったことをお詫びいたします。 私たちが舌をコントロールすることは、本当に難しいことなのです。イエスさまが、弟子たちに教えておられる真理は何でしょうか。
一つは 「口から出るものが人を汚す(11節)」 こと。
もう一つは 「心にあるものが口に上る(18節)」 ことです。
それゆえに、私たちは心の中に良いもの (神の愛) をたくわえなければなりません。 そうすれば、他人 (ひと) の徳を高め、他人 (ひと) をいやし、他人(ひと)に希望と喜びを与える言葉を語ることができるのです。 愛をもって、隣人に仕える者とさせていただきましょう。