2014年1月5日(日)

「希望は神から来る」

聖書箇所:詩篇62:5―8

人生が良いことばかりですべてのことが順調に進み、何の問題もないなら、私たちは神さまに助けを求めようとはしません。 何でも自分の力で成し遂げることができるなら、私たちは神さまに望みを置く必要はないからです。 現実には、私たちは多くの問題を抱え、泣いたり笑ったりしながら歩んでいます。 様々な試練の中で苦しみと闘い耐え忍んでいます。病のなかで、癒しを信じて希望をもって生きています。
私たちに弱さや貧しさ、飢えや乾き、病や苦しみがあることは、何と幸いなことでしょうか。もしこのような試練や痛みがなければ、私たちは高慢で鼻持ちならない存在となり、使い物にならない代物となるでしょう。 人間は苦しみや悲しみを経験するなかで、初めて与えられている恵みがいかに豊かで素晴らしいものであるかを知るのです。 恵みの大きさに目覚めるとき、そこに感謝や賛美が生れてきます。神さまに感謝しその御名をほめたたえることは、私たちにとってどんなに大切なことでありましょうか。 また人々に 「ありがとう」 と感謝の気持ちを言い表すことは、私たちの対人関係を良好にする愛の表現です。

詩篇62篇5節から8節までを、感謝の心をもってお読みしましょう。
「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。 私の望みは神から来るからだ。 神こそ、わが岩。わが救い。 わがやぐら。 私はゆるがされることはない。私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。 私の力の岩と避け所は、神のうちにある。 民よ。 どんなときにも、神に信頼せよ。 あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。  神は、われらの避け所である。」

【 結 論 】
マルティン・ルターは次のように語っています。
「すなわち、『あなたはわたしのほかに、何ものもあなたの神としてはならない。』 (出エ20:3)  このことばはどういう意味であり、どう理解したらよいのでしょうか。
・・・・・その答えはこうです。 神とは、私たちがそこにあらゆる良きものを願い求め、悩みの時に、そこへ避け場を求める方です  ・・・・ですから、神礼拝か偶像礼拝かを決めるその根にあるものはあなたの信仰か信頼です  ・・・・・・・信仰と神、このふたつは不可分であってあなたの心と信頼のあるところに、あなたの神もあると言えます。  この戒めに求めていることは、私たちがまことの信仰と信頼とをもって、唯一のまことの神に心を向け、ひたすら寄りすがることです。
神はこう言っておられます。 わたしだけがあなたの神である。 それ以外のものを求めてはならない。 何か必要があれば、わたしに求め、わたしに尋ねなさい。 もし、悲しみ、悩みに打ちひしがれるならば、わたしにしっかりとすがっていなさい。あなたの主であるわたしは、あなたの心がほかに向けられていないならば、あらゆる悩みからあなたを助け、豊かに与えるであろう。」(『マルティン・ルター日々のみことば』からの引用。アンダーラインは松下が追記)

希望は神からです。 主を信頼して待ち望みましょう。
「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。 私の望みは神から来るからだ。」