1.聖霊の人格性
(1) 聖霊様は神様です
聖霊様は神様であられると聖書に書いてあります。
使徒行伝5章を読みますと、アナニアとサッピラの話が出てきます。
使徒ペテロは彼らに「あなたたちは聖霊を欺いた。聖霊を欺くのは、神を欺いたのだ」と言って、聖霊様に神様について同格、同じ格を使いました。
ですから、聖霊様と神様は全く同じであると言えます。
マタイ 28:19にも、「父、子、聖霊の名によってバプテスマを授け」と書いてあります。
父なる神様、子なるイエス様、聖霊様は、同じ格、同格、同じ方です。
だから聖霊様は神様です。
聖霊様の人格性の中には、まず第一にこのことが入っています。
〈参照〉
5:1 ところが、アナニヤという人は、妻のサッピラとともにその持ち物を売り、
5:2 妻も承知のうえで、その代金の一部を残しておき、ある部分を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。
5:3 そこで、ペテロがこう言った。「アナニヤ。どうしてあなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、地所の代金の一部を自分のために残しておいたのか。
5:4 それはもともとあなたのものであり、売ってからもあなたの自由になったのではないか。なぜこのようなことをたくらんだのか。あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」
(使徒行伝 5:1〜4)
28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
(マタイ 28:1〜20)
(2) 聖霊様は人格を持っておられる
@ 聖霊様が言われる
2:7 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得る者に、わたしは神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」
(黙示録 2:7)
「聖霊が言われる」と書いてあります。
聖霊様は人格を持っておられるゆえに、聖霊様は直接言われることが出来るのです。
A聖霊様の祈り
8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。
(ローマ 8:26)
聖霊様は人格を持っておられるので、私たちのために祈ってくださることが出来るのです。
物が祈るのを見たことがありますか?
石や木が私たちのために祈ってくれるということはありえません。
B 聖霊様が命令される
16:6 それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。
16:7 こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。
16:8 それでムシヤを通って、トロアスに下った。
(使徒行伝 16:6〜7)
ここを読みますと、パウロは東洋に宣教しようと考えて、東洋に向かって出発しようとしましたが、聖霊さまに禁止されたとかいてあります。
人格を持っておられるので聖霊様は禁じることが出来るのです。
人格を持たないと禁じることは出来ません。
しかし聖書には禁じられたと書いてあります。
これが人格です。
C 聖霊様が宣教師を選ばれる
13:2 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。」と言われた。
13:3 そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。
13:4 ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、そこから船でキプロスに渡った。
(使徒行伝 13:2〜4)
この箇所を読んでみますと、アンテオケ教会が聖霊様に満たされて断食をしながら、一生懸命神様にお祈りをささげていました。
その時、聖霊様が「パウロとバルナバを宣教師として遣わしなさい。」と直接に言われました。
ですから、聖霊様は人格を持っておられます。
人格を持っていなければ、このようなことは出来ません。
(3) 人格の三大要素
人格には知性、感情、意思、この三つの部分があります。
この人格の三大要素を通して聖霊様の人格性を見てみましょう。
@ 知性
2:10 神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。
2:11 いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。
(Tコリント 2:10〜11)
8:27 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。
(ローマ 8:27)
12:11 しかし、同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。
(Tコリント 12:11)
これらの聖句を読みますと、聖霊の知性は、すべて全能の働きの中で現れました
だから、神が全知全能なる神様だあられるとすれば、聖霊さまも全地全能なる神であります。
A 感情
5:5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
(ローマ 5:5)
4:30 神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。
(エペソ 4:30)
15:30 兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によって切にお願いします。私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください。
(ローマ 15:30)
これらの聖句によって、聖霊様は感情を持っておられる事がわかります。
B 意思
12:11 しかし、同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。
(Tコリント 12:11)
この箇所を読みますと、聖霊様が教会のために人を立てられることが分かります。
また使徒行伝16:6〜11を読みますと、」ここに聖霊様の意思が反映されるのを見ることが出来ます。
あそこに行ってはいけないとか、また、賜物を与える意思もあります。
主のしもべたちに具体的な宣教の働きを指示される意思を持っておられます。
だから聖霊様は、御自分の意志の部分を通して働かれ、私たち一人一人に、ある人にはこの賜物を、
ある人には別の賜物を選んで与えてくださいます。
この意思を持っておられると聖書に書いてあります。
さらに、使徒パウロが宣教に出かけようとしたときに、「そこに行ってはいけない。」といわれました。
そこでもうちょっと西洋の方に向かいました。
しかし、そこもいけないとイエスの霊(聖霊様)が禁じられました。
仕方がないのでまた西洋の方に行ったときに幻の中にマケドニアの人が現れて、
「ここに渡って来て私たちを助けてください。」と言いました。
それでパウロは東洋の宣教を諦めて、西洋宣教を始めました。
ですからキリスト教は、西洋に向かって広がったのです。
西洋人を通して、新大陸を発見し、アメリカを通り、そして太平洋を廻って東洋に向かって来ました。
神様のご計画通りになりました。
これが聖霊様の意思の部分です。