２０１４年８月１０日 聖霊降臨後第９主日 マタイ福音書１３章２４〜３５
「毒麦のたとえ」 説教者：高野 公雄 師
《イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう』」》。
きょうの福音は三つの段落を含んでいますが、きょうは最初の段落の「毒麦のたとえ」に集中して、御言葉を味わっていただきたいと思います。
このたとえ話は、「天の国は次のようにたとえられる」として始まります。天の国は「天国」、「あの世」のことと誤解してはなりません。「天」はマタイによる「神」の言い換えです。「国」は「王国」とも「王の支配」とも訳せる言葉です。「天の国」すなわち「神の支配」とは、神が乱れたこの世に自ら降りて来て、真の王として絶対無条件の恵みによって人の世を支配し、正すことを言います。実は、その神の恵みの支配は、イエスさまにおいてすでに隠れた仕方で到来しているのです。マタイは、それは世界の初めから神によって定められていた計画に基づくことだと、詩編７８編２を引用して述べています（３５節参照）。
これは「天の国の秘密」と呼ばれていますが、福音書の大前提であって、イエスさまのたとえ話を解く鍵となります。たとえ話を聞く人が、この鍵を持つか否か、「天の国の秘密」を覚るか否かで、道は二つに分かれます。《持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる》（１３章１２）ことになるのです。
さて、ここのたとえ話に出てくる「毒麦」とは、麦類の擬態雑草です。人が麦を栽培しているところに、自分を麦に似せて生える植物で、西アジアが原産地と言われますが、日本にも明治時代に帰化しています。育つ時期も姿も小麦と同じですが、実をつけると違いが分かります。毒麦と呼ばれるのは、これを食べると、穂に寄生する麦角菌（バッカクキン）が、虫や動物や人の神経を冒すからです。
では、「毒麦」は何を意味するのか、誰のことか。１３章の一連のたとえ話は、イスラエルの指導者たちがイエスさまを受け入れない話の直後に置かれているので、文脈からすると、毒麦はイエスさまに敵対する彼らを指していることになります。しかし毒麦と麦が見分けにくく混在していることを考えると、山上の説教で《「主よ、主よ」と言う者が皆、天の国に入るわけではない》（７章２１）とあるように、もとはイエスさまの周辺に集う者の中にいて、父の御心を行なわない者を指していたのかもしれません。
きょうの朗読個所には入っていませんが、このたとえ話の解説が３６節以下にあります。その説明によると、「畑は世界」（３８節）であり、「毒麦を蒔いた敵は悪魔」（３９節）であるとあります。誰の目にも明らかなように、この世界には良い麦だけが育っているのではありません。毒麦も育っていて、力強く成長しています。実際、悪魔の仕業としか思えないようなことが起こります。なんでこんなことが起こるのか、なんで正直者が馬鹿を見なければならないのか。不条理な世の中です。
しかし、聖書が語っているのは、蒔かれた種とその成長だけではありません。刈り入れの時についても語っています。「刈り入れは世の終わりのこと」（３９節）です。この世界はこのままで永遠に続くのではない。刈り入れの時が来て、毒麦は集められ火で焼かれる。すなわち、最終的に神が正しく裁かれるということです。不法を働く者どもは断罪され、不正を被った者や虐げられた者の名誉は回復されます。明らかにこれが、イエスさまの語られたたとえ話の第一の意味です。
ところで、「良い種を蒔く者は人の子」（３７節）とあります。「人の子」とは、本来はふつうに人間を意味する言葉ですが、新約ではほとんどの場合、イエスさまの自称として使われています。とくに、ご自分の受難を預言するときと、終末に審判者として来臨することを述べるときに用いて、主権と栄光を持つ主としてのイエスさまを表わす言葉です。イエスさまが蒔かれた種について語られているのですから、このたとえ話で、わたしたちは教会にいるわたしたち自身のことを考えなくてはなりません。
ある人は自分を「毒麦」になぞらえるかもしれません。「わたしは洗礼を受けているけれど、この世界の悪人と本質的には大した差はないのではないだろうか。本当は神から見たら毒麦かもしれない。最終的には毒麦として火で焼かれるのではないか。」このように、自分を「毒麦」にたとえると、神のきびしい裁きに注目することになるでしょう。
自分を「良い麦」になぞらえる人は、こう考えるでしょう。「この教会にも、いるいる。あの人は、ぜったいに毒麦。教会でいい顔しているけれど、最後には絶対に火で焼かれに違いない」。教会がこのような「良い麦」の人ばかりになったら、たいへん困ったことになると思いませんか。
しかし、「良い麦」ならまだしも、「僕たち」になぞらえたら、「では、行って抜き集めておきましょうか」となります。僕たちから見ると、毒麦は一刻も早く抜き取ってしまわなくてはなりません。良い麦に害を及ぼしますから、黙ってなどいられません。とにかく早く対処しなくては。
そのように「教会の中に毒麦が放置されていてはならない。抜き集めてしまわなくてはならない。教会は良い麦だけの教会でなくてはならない」という考えは、教会の歴史の中に繰り返し現れました。毒麦と見える人たちを追い出してしまい、あるいは、自分たちが出ていって、純粋な教会を作ろうとするのです。
このように、どこに自分を置くかで、このたとえ話の中に見えてくるものが違ってきます。しかし、大事なことは、そこから「たとえ話の中心」に目を向けることです。たとえ話の中心は、良い麦でも、毒麦でも、毒麦を蒔いた敵でも、毒麦の刈り取りを提案する僕たちでもありません。このたとえ話の中心は「主人」です。
この「主人」は、「僕たち」の提案に「待った」をかけます。「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」と言います。「毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない」からです。現実の世の中でこういうことを言えば、世間知らずと笑われてしまいます。見分けにくい上に根がからんでいるのだから、毒麦を抜くときに、多少は良い麦を抜いてしまっても仕方のないことだ。それでも、最終的に収穫が良ければそれで良しとしてしまうのが常識でしょう。
しかし、この主人は異常なほどに、一本一本の麦にこだわります。そのように、神はわたしたち「一人ひとり」に異常なほどに関心を向けられるのです。誰ひとり、どうでもよい存在ではないから、真剣に取り扱われるのです。ですから、刈り入れの時まで、終わりの時まで待つのです。イエスさまは、神はそのような御方なのだと言います。神は早急に裁くことをされません。じっくりと忍耐をもって、時が来るまで待たれるのです。
だからと言って、神は良い麦と毒麦を一緒くたにはされません。「どちらであっても良い」とは言われません。最終的に、良い麦と毒麦が区別されます。「刈り入れの時、『まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい』と、刈り取る者に言いつけよう」と主人は言います。そのように、神は公正に裁きを行う御方でもあります。
最後に、このたとえ話の語り手であるイエスさまに目を向けてみましょう。このたとえ話は救い主イエスさまによって罪の赦しの扉が開かれているところで語られているたとえ話です。罪の赦しの扉が開かれているということは、言い換えるならば、本来ならば滅びるはずの毒麦が、良い麦として倉に取り入れられる可能性があるということです。植物の話ならば、毒麦はあくまでも毒麦であって、良い麦にはなりません。しかし、人間の場合には、毒麦が良い麦になり得るのです。良い麦として復活することができるのです。罪の赦しがあるならば、そこには悔い改めと、新しく生き直すこともできるのです。毒麦に留まっている必要も、毒麦であり続ける必要もないのです。
神は終わりの日まで待たれます。人がイエスさまを通して与えられた恵みを受け取り、罪の赦しにあずかって、良い麦として生き始め、良い麦として生き続け、失敗したとしても何度でもやり直し、最終的に良い麦として刈り入れられることを神は望んでおられるのです。そのことのために、神はどこまでも忍耐強くわたしたちに関わってくださいます。
「行って抜き集めておきましょうか」、神はその提案に対して「否」と言われます。神は忍耐強い御方です。そのような奉仕を神は求めてはおられません。それゆえに、わたしたちは他の人に対して、人間的な判断で先走って裁くのではなく、神の忍耐と寛容とを思いつつ関わっていくことが求められているのです。否、他の人に対してだけではありません。わたしたちが本当に忍耐強く寛容をもって関わらなくてはならないのは、自分自身に対してであるかもしれません。自分をも「毒麦だ。抜いてしまおう」と言って早急に断罪してしまわないことです。本当に大事なことは、毒麦が発見されることでも、毒麦が抜き集められることでもないからです。いつでも大事なことは、イエスさまによって明らかに示された神の絶対無条件の恵みによって、毒麦が良い麦に変えられていくことだからです。