信仰と恵み

旧約聖書と新約聖書の違いはなんでしょうか?歴史的に簡単に理解できることはイエス・キリスト以前と以後の違いがあります。そしてもう少しその違いを見ていくと旧約は律法により罪が明らかにされていくという方向性があります。

信仰の備え

クリスチャンとして歩むひとりひとりが絶えず自分の霊的状態を吟味していなければならないことをイエス様は福音書の中で多くの例え話を持って教えられました。イエス様がいつ再臨されるか分からないから忍耐して備えておくことを有名な10人の娘のたとえ話ではイエス様は教えておられます。この例え話の中で重要なキーワードとして

愛によって広がる

私たちの心が孤独な状態や貧しい状態、霊的に満たされていない状態になると攻撃的になったり罪に走るケースもあります。誰しも好んでそのような道に入っていっているわけではありません。しかし状況が悪いことだけのせいにして自分の責任を放棄することも違います。私たちが神様を信じる信仰を土台として互いに愛し合うようにと聖書は教えています。愛は多くの罪を覆うとペテロは手紙の中で教えています。これはどういう意味でしょうか?今ある罪を覆うという解釈とこれから起こすかも知れなかった罪を愛によって繋がっている関係があるから回避出来るという解釈が出来ると思います。どちらのケースにせよ罪の結果の苦しみや刈り取りに関してカバーされたり、またそういった痛みを通らなくてすむのであれば幸いな結果と言える思います。私たちは個々の存在では弱い、また欠けたところもある存在かも知れません。しかしそれぞれが愛によって繋がり合い、互いに与えられている賜物にふさわしく整えられ仕え合っていく時に神様の栄光がそこに現わされます。罪と死へ向かう方向ではなく、愛といのちの方向に私たちが進んでいくことは神様が喜ばれることです。お互い繋がり合う時に足りない者であると思っていたけども足りるようになり、弱いと思っていたけども強くされ、愚かだと思っていたとしても賢くなりと自分ひとりとは違う広がりが見えて来ます。イエス様が福音書の中でされた人々との関わりの中にもそのような要素を見いだすことが出来ます。主の愛にふれる時に私たちは変えられ、さらに変えられた者達が繋がっていく時に素晴らしい祝福がそこにあります。主にあって愛し合い歩んでいきましょう。 [Read more...]