新しく仕える資格~IIコリント3:4-6

資格というものにはリスクが伴うことがあります。例えば車の免許を持っているからこそ事故の危険性やそれに伴う責任の問題があります。その結果を避けるために安全運転をしたり、交通ルールを守るということがありますがそれでももらい事故に遭う可能性はなくなりません。その確率は宝くじを買って当たるよりも遥かに高く現実的です。そのリスクを回避出来る手段がひとつあります。それは車を運転しないという選択をすることです。しかしリスクを負ったとしてもそれ以上の価値があるからこそその資格を多くの方は用いていると思います。  そういったリスクを恐れるあまり人間関係すら深い関係を築くことを恐れたりすることはないでしょうか?過去人間関係で傷ついたから人に期待しない。深い関係になろうとしないという心理状態です。  聖書は人間関係において選ぶこと、避けることも教えてますが信じること、期待すること、祈ること、助けることそして生かすことについて教えています。否定的な内容に比べると肯定的な内容のほうが圧倒的に多いのです。そしてその道に私たちがはいるために必要なのは神様にある価値観です。決まりという枠を相手に当てはめていくことよりも聖霊によって導かれて自分が生かされるように他の人をも生かしていく価値観です。マイナス面を意識しすぎるのではなく、霊によってイエス様がペテロを見たように主にあって生かすことば、祈りを重ねて関係を築いていきましょう。それはイエス様の中に見る品性であり、私たちが目指すべき価値観あり福音です。神様は愛であり、それが私たちにも注がれているからです。主の愛に応える者となり、主の愛に生かされ、主の愛を伝える者となりましょう。 [Read more...]

死からいのちへの転換~Iコリント15:54-58

福音によって私たちに御国が近づいたこと、イエス・キリストを信じることによって天国へ行けるという良い知らせが世界に伝えられています。そしてそこにある重要なことは死からいのちへ移される。また転換されていくということです。 Iコリント15章に死のトゲは罪であり、罪の力は律法ですとあります。霊的な死は罪を生み出す土台となります。神様との関係が確立されていないので諦め、刹那的な思い、敗北感、挫折感、虚無感、また怒り、不満などに満ちています。どこかでこんなはずではなかったと思いつつも答えを主の中に見いだせない状態です。律法自体はいいものですが私たちの思考が律法的になっていく時、そしてその律法的な思いによって自分を裁いたり、他人を裁いたりし出すと罠にかかったような状態になってしまいます。 しかし、イエス様は死を打ち破り勝利してくださいました。私たちはそれゆえに堅く立ち、揺れ動かされることなく立つことが出来るようになるのです。失敗したと感じたとしても成長するための糧と出来るように変えられていくのです。最初からすべてのことに対して失敗しない人はいません。ですから失敗を過度に恐れずに主にあって励みましょう。私たちの思いを主の思いと一致させていきましょう。聖書が教えている価値観に転換していきましょう。思いが変えられる時に行動が変えられ、行動が変えられる時に生き方が変わってきます。変えられた生き方は周囲に良い影響を与えていきます。世の光地の塩としてより純度を増していきましょう。 [Read more...]

信仰による回復~ヤコブ5:15-20

信仰とは神様に対する信頼という側面もあります。そして信仰とは祈ることと共に祈りに導かれて人々とつながっていくこと、神様に従うこととその現れは見えないものだけでなく見えるかたちにも現れていきます。心にあることが見えるかたちになって現れるのです。 しかし、したいと思っている善よりもしたくない悪を行ってしまう肉の弱さをパウロが記しているように私たちはすべて信仰から来ることだけを現わしていくことは困難かも知れません。それでも私たちはエリヤが信仰によって雨を降らせ、火を降したように神様を信頼して祈る者となりたいと願い続ける者でるべきです。まず心で信じたことを諦めない心を持つこと、そしてそれを現わしていこうとすることが信仰の行動へと繋がっていきます。 思うだけでなく互いに罪を言い表し、共に主の前に遜るということもとても大切です。そこから癒しと和解が流れでるからです。そして間違った道から人々を連れ戻すならそこには大きな回復が伴います。主の祝福が人間関係を回復させるだけでなく、ソロモンが神殿を建てた時に主が語られたようにその地を回復させてくださる主の愛と恵みが注がれます。そこにリバイバルから来るトランスフォーメーションがあります。地域の経済や気候も主の祝福によって変貌していくことが起こりえるのです。 神様を信頼し、祈り、伝える者となっていきましょう。 [Read more...]