義務を全うする歩み~週報より~

義務と権利は私たちの生活の中で度々私たちに大きな責任と利益をもたらしてくれるものです。権利だけ主張して義務を全うしない生き方もあるでしょう。聖書はこの義務について自分にある義務は果たすように教えています。会社に勤めていればそこには義務はあるでしょうし、社会にいるだけで義務は発生します。また教育も日本の場合は義務教育というものがあります。また家庭という小さい単位で見てもそこには果たすべき義務が多く存在します。義務を窮屈だと考え自由に生きたいという願望もあるかも知れません。しかしそれは義務を果たしたからこそ受けることが出来る恩恵を受ける機会を無くすことに繋がります。義務を怠り、その結果恩恵を受けることが出来なくなった時に権利をいくら主張してももう遅いこともあるでしょう。そこでは無用な反骨精神は捨てるべきです。私も元々は反骨精神は強いほうですが聖書は本来人がもっている自己中心的な生き方から神中心に生きる生き方に切り替えるように教えています。それは自分を捨てるという意味ではなく、自分が創られた本来の状態を知り、そこに立ち返っていく作業です。そこには秩序があります。現代において秩序のないような事件や紛争もありますがそういった間違いから、本来あるべき共同体の姿を知り、それぞれの権威が義務を果たしていく時に私たちの属している共同体が家庭であれ地域であれ社会であれ素晴らしいものになっていきます。相互に誠実で忠実な繋がりを持つためにはまずより整えられているほうが模範となる必要があります。相手を変えようとする前に、まず自分を吟味して遜る者となりましょう!

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