立たせて下さる主~ローマ14:1-4
安易につかってしまうことばの一つに「がんばる」という言葉があります。自分に対して使ったりまた人を励ますためにがんばって!と声をかけたり、その使い方は万能に見えますが本人としては十分やっていて限界なのにこのことばをかけられるととても負担になってしまうこともあります。また精神的に鬱状態の方にこのことぱを使ってはいけないと教わったかたも多いのではないでしょうか?
信仰の弱い人を裁いてはいけないとローマ14章にはあります。この信仰の弱いというのも自分の観点から聖書と照らし合わせて弱く見える部分があるというのが正しい引用でしょう。しかもすべてが弱くなっているのではなく、ある特定のところについてということが多いです。そのような部分的なところの弱さであっても指摘されると受け入れることが出来なかったりする場合もあります。
しかし最終的に神様がしもべを立たせてくださり受け入れて下さったのはイエス様ご自身であることを覚えるならば私たちは問題を目の前に突きつけられたような状態からもっと神様の視点に近い位置から見直すことが出来るようになります。
主にあってお互いを受け入れあうということは賜物や表面的なもの以上に互いの存在を理解しあうということから始まります。主にあって受け入れ合い、そして互いに主にあって建て上げられていく者とされていきましょう。