ちょっとがんばると・;・・・

こんばんは、昨日は晩が遅くなりアップできなかったですが遅くなると思い結構がんばって普通に?仕事したら今朝から首にいやな痛みが(T_T)
自分でも相当セーブして養生しないと大変です。
周囲にはなかなか理解できない痛みってこういうのかな~と実感しています。
でも少しでもこれでまた人の痛みとか辛さが理解できるようになればプラスになると思ってがんばります!
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約2億5千万のキリスト者らが信仰のゆえに迫害

約2億5千万のキリスト者らが信仰のゆえに迫害されるようになると発表された。英迫害監視団「リリース・インタナショナル(Release International)」は今年、発表。1月2日付のクリスチャンポスト紙の報道によると、特に迫害が激しい地域として、イスラム圏、共産圏、ヒンドゥー圏、仏教圏を順に挙げた。
 同紙は、現地のキリスト者らは拉致、改宗強要、投獄、教会建物の破壊、拷問、死刑、性暴力などさまざまな形で迫害されていると報じた。  HPより
クリスチャンはこの世界を創られたただ一人の神様を信じているだけ。でも、それを嫌い、排除し、迫害する・・・・本当に悲しいことです。
でもこうも考えます、クリスチャンが迫害されるのは、神様が本当にいるから!その証!
神様が本当にいるなら、聖書の語る事は真実ってことでしょ、だから天使や悪魔も当然いる、悪魔の一番の目的は神様を信じて救われる人を少なくすること!この地では働くことをまだ赦されている悪魔が何をするか考えれば納得だ。
しかしクリスチャンはどんなに迫害されても天国にいくことができる、でも迫害しているひとは・・・。
クリスチャンが迫害されることによって救われた人がたくさんいる!牧師を殺した兵隊がその瞬間神様を信じ、共に殺された話を日曜日に礼拝で聞いた。       noe
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ミャンマーのために祈りましょう

ミャンマーで今何が起こっているのでしょう。ミャンマーはほとんどが上座部仏教、キリスト教は4%、しかし今ミャンマーで キリスト教へのひどい扱いが更に行われようとしています。
ミャンマー。・・・1948年にイギリス連邦を離脱し、ビルマ連邦共和国として独立するが、直前の1947年7月にアウンサンは暗殺された。 初代首相には、アウンサンを継いでウー・ヌが就任した。 独立直後からカレン人が独立闘争を行い、共産党は政権を離脱するなど、政権は当初から不安定な状態にあった。1949年、国共内戦に破れた中国国民党軍の残余部隊がシャン州に侵入し、雲南省反共救国軍としてゲリラ闘争を行った。CIAが物資や軍事顧問団を援助し、タイへのアヘンの運び出しも行った。ヌ政権は国連で台湾国民政府と米国の策動に抗議した。また一方でシャン州に国軍部隊を展開し、1950年代半ばまでに国民党軍勢力を一掃した。ヌ首相の仏教優遇政策は、キリスト教徒の割合が多い、またはキリスト教徒が支配的な立場を占めるカチン、チン、カレンなどの民族の強い反発を招いた。独立を求める民族勢力、国民党軍、共産党勢力との武力闘争の過程で、国軍が徐々に力を獲得し、ネ・ウィン将軍が政権を掌握する下地となった。
軍事政権時代
ネ・ウィン将軍は1962年に軍事クーデターを起こす。 ビルマ社会主義計画党(BSPP、マサラ)の最高指導者として、1988年まで軍事独裁体制を維持する。1988年にはネ・ウィン退陣と民主化を求める大衆運動が高揚し、同将軍は7月にBSPP議長を退く。 同年9月18日に軍部がクーデターにより政権を掌握する。総選挙を公約としたため、全国で数百の政党が結成される。民主化指導者アウンサンスーチーらは国民民主連盟(NLD)を結党するが、スーチーは選挙前の1989年に自宅軟禁される。1990年5月の総選挙ではNLDと民族政党が圧勝したが、軍政は選挙結果に基づく議会招集を拒否し、民主化勢力の弾圧を強化する。前後して一部の総選挙当選者は国外に逃れ、亡命政権としてNCGUBを樹立した。その後、スーチーは1989年から1995年まで、また2000年から2002年まで自宅に長期軟禁された。2003年5月にも地方遊説中に軍政側の襲撃を受け、その後現在まで自宅軟禁状態に置かれており、自由な政治活動が許されず、軍事政権の独裁が続いている。     (HPより)
ミャンマーのために祈りましょう!
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