信仰の力と用い方~IIコリント10:4-6

IIコリント人への手紙10章でパウロは私たちの戦いの武器について教えています。それは神の御前で要塞をも破るほどに力があるものです。と記しています。それは祈りであったり、クリスチャンが一致していくことであったり、いろんな見方が出来ます。そしてその用い方において高ぶりや不従順を取り除いていくことがとても大切であることを教えています。見える形や方法以上にその心が大切であるということです。 私たちはつい「自分達こそ」というような思いを持つことがあります。信仰の確信に立つということは素晴らしいことなのですがこの思いと高ぶりや批判は非常に近い位置にあり、ふとしたことで苦い思いになってしまうことを知っておく必要があります。愛はすべてを覆い、すべてを結ぶ帯です。神様への愛を土台として、その愛を持って私たちが繋がっていこうとする時にそこには配慮や努力が必要になってきます。なぜなら私たちはそれだけ弱い存在だからです。 私たちが心を守り、相手を尊重し、ひとつとなっていこうとする時に聖霊の助けなしには本当の深い繋がりに至るのは難しいです。だからこそ助け主である聖霊様に依り頼む姿勢が求められます。そして聖霊様の助けを体験し、みことばが立体的に体験的になっていく時に私たちは紙面上のみことばから生きた神のことばとしてのみことばを理解するようになっていきます。私たちがそのように信仰を働かせひとつになっていく時に神様は圧倒的な臨在を持って臨んでくださり、超自然的な御業を成してくださいます。主に期待し、ますます謙り、主に従順し、ひとつとなっていきましょう! [Read more...]

心の位置と生き方~ルカ11:27-28

 人生の中で感銘を受けたり、憧れや尊敬の思いを持ったことをいろんなかたちでそれぞれ体験していると思います。尊敬できる人が身近にいるということは本当に素晴らしいことです。しかしそれ以上に大切なことは自分がどのようにそのことによって変れたかということです。ルカ11章にイエス様が人々の心の動きを察して教えておられる時にその教えておられる内容に感銘は受けていますがイエス様の母親は幸いだという方向へその心が動きます。イエス様はその反応に対して幸いなのは神のことばを聞いてそれを守る人たちですと正しい反応を教えられました。会ったことや聞いたこと自体で感動出来るのは素晴らしいことですがそれはファンの反応です。初代教会はイエス様のファンではなく弟子達によって建て上げられました。弟子は師のようになろうとする者であると同時に自ら師に従う決心をした人のことです。そして師は弟子に対して責任を持ち指導していくものです。神様のことばを聞いて「ありがたい」という位置にとどまるのではなく、聞いたことに対して自分を変えていく、また整えようとする心を私たちは持つ必要があります。そこに聖霊の助けがあるからです。私たちの生き方が弟子として整えられていく時に弟子として歩む確信と喜び、恵みに満たされていきます。それは初代教会の弟子達に見ることが出来るものです。現代に生かされ、遣わされている者として主のことばを聞き、従う者とされていきましょう。 [Read more...]

からし種ほどの信仰~ルカ17:5-6

「からし種」の大きさは約0.5mmで、最も小さな種です。聖書では「このからし種がまかれ、生長すると、大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になる」と書かれています。また、「からし種ほどの信仰があれば、山が動く」ともあります。 このからし種ほどの信仰とは、神さまへの信仰を表し、信じる者に働く、神の力の素晴らしさを比喩しています。 イエス様が言われた、「からし種ほどの信仰」とは、私たちがどのような状態であったとしても、「神さまのもとに行くだけの信仰」すなわち、神さまに心を開き、近づくだけの信仰をもって歩むことです。そうすれば、神さまからの愛と平安が私たちに注がれ、勝利と解放が与えられることになり、そのことは、その人だけにとどまらず、拡張し多くの人への恵みになります。 私たちの人生においては、様々なトラブルや問題が起きてきます。そして、事が起きてきた時に、すみやかに神さまに向きあい、信頼すればよいのですが、問題等に圧倒され、いろいろな思い煩いや不安に陥いてしまいます。ですが、私たちが、からし種の信仰を持つ時に、神さまが私たちに近づいてくださるので、私たちは神さまに向き合うことができ、神さまから、励ましと問題を乗り越え、解決する力を与えてくださいます。 ですから、私たちは、神さまに信頼して歩んで行きましょう。 [Read more...]