金沢キリスト福音教会

2019/8/11 祈る時には

祈る時には (マタイに福音書6:5-8)
「 また、祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません。彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。 あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。
 人はギリシャ語で「アンスローポス」と言い神を崇める者、祈る者と言う意味が有ります。パウロはエペソ書1章で繰り返し、私たちは神の栄光をほめたたえる為に救われたと説明しています。
 主は祈りについて二つの警告を与えています。
Ⅰ)偽善者のように祈っていけません。(ルカ18:9-14)の記事ではパリサイ人と取税人の祈りが示されています。パリサイ人の祈りは偽善的でしたが、取税人は下を向き、自分の胸を叩いて「神様、罪人の私を憐れんで下さい。」と言ったのです。神はこの祈りを受けて義と認められました。
Ⅱ)同じ言葉を繰り返してはいけません。(Ⅰ列王記18:21-39)
Ⅲ)自分の個室で全てを知っておられる霊の父に祈るのです。
 心を主に向かって注ぎ出す時、神の御心と一致する本当の必要に導かれます。
 謙遜な御心を求める祈りには神の栄光を現す導きが示されます。

「 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、
 これこそ神に対する私たちの確信です。
私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。(Ⅰヨハ 5:14,15)