特別講演会ご報告

去る10月7日の特別講演会「デューラーの信仰と生涯」は初めて来られた方々を含めてみなさんで素晴らしい時を持つことができました。

講師の岡山敦彦先生がデューラーの絵画を紹介しながら彼の生涯と信仰について興味深く語ってくださいました。

マルティン・スターと同時代に生きた彼は宗教改革において明らかにされた聖書に権威を置く信仰を絵画にメッセージとして込めました。有名な「4人の使徒」には当時のカトリック教会に対する皮肉として「聖書を読め」というメッセージが込められています。

また若い頃に名声を手にしたデューラーの背後に、彼を支えた友人ハンスの存在があったこと、ハンスがいたからこそ自分があるという確信と、そのハンスの画家としての生涯を奪ってしまった後悔があの有名な絵画「祈りの手」のエピソードであることを知りました。

成功と苦難の中にあって信仰によって歩んだデューラーの生涯は私たちの現実にも問いかけてくるものでした。

また来年の秋にもこの絵画の特別講演会を予定しています。講師の岡山先生の著作の販売もしていますので、ご興味のある方はお気軽にご連絡ください。

レプタ2枚をささげたやもめ

現在聖書の学びをしているのですが、聖書について、みことばを知るということについて学んでいます。

そしていかに私たちが聖書を正しく理解することが大切かということを気付かされています。

その例としてマルコの福音書12章、ルカの福音書21章に記されている「レプタ銅貨2枚をささげたやもめ」の箇所を見てみました。

この箇所はよく献金のささげ方、その理想的な例として語られることが多いように思います。

しかしその前からの文脈を見てみると、イエス様は決してそのような意図で語られたものではないことを知ることができます。その直前には人一倍厳しいさばきを受ける律法学者たちが「やもめの家を食いつぶしている」とイエス様は言われました。その直後にこのやもめの献金が記されています。この流れからこのやもめは彼らに家を食いつぶされていたので、生活費の全部を献金箱に投げ入れたのです。

つまりこのやもめの姿は献金の理想的なささげ方を教えているのではなく、律法学者たちの罪深さとその犠牲を教えているのです。

イエス様の「みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、持っていた生活費の全部を投げ入れたからです。」という言葉はやもめをほめているのではなく、彼女の状況を知らない弟子たちに対して、彼女の財産の献金に占める割合を教えているに過ぎないのです。

もし牧師がこの箇所から「このやもめのようにささげなさい」と語るならば、まさに人一倍厳しいさばきを受ける律法学者になってしまうのは恐ろしいことです。

この箇所を学んで、ある方は「これが献金の理想像ではないということを知って解放されました」と言っておられました。

 

私たちの献金のささげ方は1コリント9:6-15に記されています。

そこにはささげる者に対して神様からのあふれるばかりの恵みと、蒔いた収獲というダブルの祝福が記されています。

 

ウクレレ教室

この暑い夏!!一緒にウクレレを弾きませんか?

初心者向けウクレレ教室「Ukulele☆mellows(ウクレレメロウズ)」です。

ウクレレはとても簡単で、親しみやすく、しかも奥が深い楽器です。

本場ハワイでは幼稚園で習うそうですよ。

ハワイアンに限らず、いろんなジャンルの音楽を奏でることができます。

初心者向けですので、みんなで楽しみながらゆったりと進めていきます。

 

参加費:無料(テキスト別途)

場所:上総キリスト教会

日時:子どもクラス(年長~小学生)原則毎週水曜午後5~6時(親御さんも歓迎)

一般クラス(中学生以上)原則毎週水曜午後7~8時

みんなで進めていきますが、教室というよりサークルに近い雰囲気です。

練習の成果を見てもらうための発表会も行いたいですね。

貸ウクレレもあります(本数限定)。

 

お気軽にお問合せくださいね。

 

 

 

進化論+成仏=?

数年前に作成した文書です。

ご覧になってご自身で考えてみてください。

私は進化論と仏教の専門家ではありませんが、聖書についてのご質問がおありであればお気軽にお問い合わせください。

 

 

 

 

 

 

 

 

山上の説教アウトライン

現在礼拝ではマタイ5~7章の山上の説教を学んでいます。

この説教のテーマを短くまとめるならば「天国民はどのような者であり、どのように地上を生き、どのように天国に至るのか」です。

天国民の姿は明らかに世の人々とは異なります。天国の価値観、基準はこの世の価値観、基準とは正反対のものだからです。毎回、自分自身の価値観、基準を問われると同時に、大きな励ましを受けます。

直接的にはユダヤ人の弟子たちに語られたこの説教は、今天国民とされている私たちクリスチャンにとっても重要な説教です。

現在は⑷まで来ました。

 

山上の説教アウトライン

「天国民はどのような者であり、地上でどのように生き、どのように天国に至るのか」

⑴天国民の8つの特徴:5:3-12

心の貧しい者、悲しむ者、柔和な者、義に飢え渇く者、あわれみ深い者、心のきよい者、平和をつくる者、義のために迫害されている者

⑵天国民の2つの責任:5:13-16

地の塩、世の光となる

⑶天国民と律法:5:17-20

絶対的基準であり、天国の地位に影響し、天国民になる条件である

⑷天国民への6つの教え:5:21-48

殺人、姦淫、離婚、誓い、報復、敵への態度

⑸天国民の3つの行動:6:1-18

善行、祈り、断食の行い方

天国民の祈り(所謂主の祈り)6:9-13

⑹天国民の4つの禁止事項6:19-7:6

地上に宝を蓄えるな、心配するな、さばくな、与えるな、

⑺天国民の動機7:7-12

自分にしてもらいたいことをほかの人にする:人間関係の黄金律

⑻天国への道7:13-14

狭い門から入る

⑼天国民への2つの警告7:15-23

偽預言者への警告、「主よ、主よ」と言う者への警告

⑽天国民になるための勧め7:24-27

建てる家の審査

⑾偉大な王の教え7:28-29

キッズタイム

日曜日の礼拝には最初にキッズタイムがあります。

子どもたちと賛美をささげ、子ども向けのお話をします。

1年ほどかけて聖書物語の紙芝居を終えたので、現在は聖書の教理のお話をしています。

これまで「じんせいのもくてき」「かみさまのみことば」「さんみいったいのかみさま」「ちちなるかみさま」「にんげん」「みこなるかみさま」というテーマで学んできました。

聖書を開き、子どもたちに分かるように解説し、質問に答え、最後に子どもたちが祈ります。

 

聖書物語も必要ですが、教理を学ぶことによって聖書が自分たちの信仰と生き方にどのように適用されるのかを知ることも必要だと感じています。

 

 

2月の礼拝の様子

2月は多忙で更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。

2月最後の礼拝の様子です。

現在はマタイの福音書5章の「山上の説教」の最初の部分、イエス様が語られた「至福の教え」を学んでいます。

8つの「幸い」は天国民になるための目標や条件ではなく、天国民の姿であり特徴です。ここから私たちクリスチャンのあり方も大きく問われます。「自分は本当にこのような姿で生きているだろうか」と問いながら、イエス様の言われた「幸いな天国民である」という確信と喜びに立つことができます。

毎回心探られながらも、「このように生きるのだ」という確信を与えられ、同時にみことばに生きる者としてのチャレンジを受けることができることを神様に感謝しています。