「主イエスの栄光①」

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聖書 へブル人への手紙1章1~3節

 

(序)本日より、へブル人への手紙を見てまいりたいと思います。へブル人への手紙は、執筆者や宛先は不明です。内容的に、へブル人キリスト者に宛てられた手紙であろうと思われて来ました。この手紙の書かれた目的は、混乱と動揺の中にあり、疲れを覚え、信仰の確信に欠けを覚えていたキリスト者を、押し流されないように注意し、信仰の創始者であり、完成者である主イエスに、しっかりと目を留めるべきを進め、励ますことを目的に書かれています。この1章において、まず、過去においては預言者たちによって語られてきたが、今や御子である主イエスご自身によって、私たちに語られていることの重大さが述べられ、その御子がどのように素晴らしい卓越したお方であるかが示されています。2~3節には、御子イエス様がどのようなお方であるか7つの点が挙げられています。本日は、そのうち4つを取り上げ、次回残り3つを取り上げます。4~14節は、御使いとの比較において、御子の卓越しておられることが、7つの旧約からの引用によって述べられています。

一、万物の相続者

さて、2節後半に、御子は、「万物の相続者」であると語っています。御子こそは、万物の主であり、相続者です。御子こそは、万物の存在の終局目標なのです。天地宇宙の全権を掌握されたお方です。ですから、復活されたキリストは、弟子たちに、「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています」と宣言しておられます。ローマ人への手紙8章17節を見ると、私たちも「キリストとの共同相続人」とされているとあります。なんと驚くべくもったいない事でしょう。

二、世界の創造者

御子は、また、世界の創造者です。万物は、御子のために創造されたばかりでなく、御子ご自身が万物の創造者なのです。コロサイ1章16節をご覧ください。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべてのものが御子のよって造られ、御子のために造られたのです。まさに、主こそ、アルパであり、オメガである方、初めであり終わりである方です。信仰の創始者また完成者である方です。

三、神の栄光の輝き

神の栄光とは、神の本質が外に向かって現されたものです。まさに、主イエス・キリストのうちには、神の聖と愛の本質が輝き出でておられます。

使徒ヨハネは、主イエスの内に「父の独り子としての栄光」を見ました。それは、「恵みとまことに満ちておられた」栄光であったと証言しています。ヨハネの福音書1章14節。

「輝き」アパウガスマとは、光源から輝きだしている輝きであり、受動的な意味での反射としての「輝き」ではありません。主イエスは、「私は世の光である」と語られました。

「『光が、やみの中から輝きでよ』と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせて下さったのです。」(第2コリント4章6節)

四、神の本質の刻印

そして、「御子は、神の本質の完全な現れ」であると言うのです。すなわち、「神の存在の刻印」です。「完全な現れ」カラクテールとは、新約聖書中ここだけに用いられている珍しい言葉ですが、「彫り込む」という意味の動詞カカラッソーから派生している言葉であり、硬化や印章に用いられ、それらが型通りに彫り刻まれていることを示しています。まさに、主イエスは、「光よりの光、真の神よりの真の神」なるお方です。「キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。そしてあなたがたは、キリストにあって満ち満ちているのです。」コロサイ2章9節。

(結論)神の御子主イエス様は、「万物の相続者」、「世界の創造者」、「神の栄光の輝き」、「神の本質の完全な現れ(刻印)」であってくだます。まさに、ここに主イエス様の栄光が現れています。このお方を信頼し、従って行きましょう。