エレミヤの召命

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礼拝説教 「エレミヤの召命」 

聖書 エレミヤ書1:1~12

(序)この年、エレミヤ哀歌2章19節 を私たちの教会の標語として頂いています。そこで、本日より何回か、エレミヤ書および哀歌よりメッセージを語るべく導かれています。 さて、読んでいただきました箇所は、『エレミヤの召命』すなわち、エレミヤが預言者として神に選ばれた箇所です。この中より、①『エレミヤとその時代』②『エレミヤの召命』③『エレミヤの使命』ということでお話させていただきいます。

一、エレミヤとその時代

預言者中の預言者は、何と言ってもイザヤとエレミヤです。エレミヤは、イザヤに遅れること約120年して現れた人物であります。エレミヤは、イザヤの時代以上に困難な時代に預言する事を命ぜられた人であります。エレミヤの一生は、全くの悪戦苦闘、憎まれ、嫌われ、誤解され、井戸に投ぜられ、監禁され、しばしば殺されんとしました。愛すれば愛するほど憎まれ、身を献げれば献げるほど嫌われて捨てられた苦難の預言者、涙の預言者です。哀歌3:19~31を御覧いただきたい。困難の中で、神にひたすら望みを置いているエレミヤの姿が浮かんで来るではありませんか。私たちはどうでしょう。以下なる困難に遭遇しても、動くことのない信仰を持ち続けているでしょうか。エレミヤの信仰にならいたいものです。

、エレミヤの召命

ユダの王ヨシヤの13年というのですから、BC629年のことであります。彼に主の言葉が臨みました。そして、「わたしはあなたをまだ母の胎に造らないさきにあなたを知り、あなたが生まれないさきに、あなたを聖別しあなたを立てて万国の預言者とした」と言われるのであります。

神は、①予知し②選び③定め給うのです。神の一方的選定です。     そして、①恐れるな②共にいる③救うと約束して下さっています。全部の人が牧師、宣教師としてフルタイムの献身へと導かれているわけではありません。神様が特別に選んでいるところの人がいるのであります。その人に、神様は、絶えず、お声を掛けておられるはずです。『若いから』とか『賜物がないから』とか理由をつけて、それから逃げないで、従うことが祝福です。さて、そうでない人々に申し上げたい。その様な献身者が私たちの教会からも起こされるように祈っていただきたい。また、CSの働きのために祈っていただきたい。そして、それらの人々のために、また、CSの働きのために献金していただきたい。

三、エレミヤの使命

預言者の使命とは何でしょう。

①神の言葉を内にいただくこと、御言葉を預かることです。

②神の言葉を遣わされた者にすべて語る事です。

③神の言葉の通りになっているかどうかその時代を見張る役目です。

エレミヤは、『巴旦杏の枝』『アーモンドの枝』を見せられました。丁度今頃でしょうか、アーモンドは、他の花に先駆け、寒さのなお厳しい中に花を咲かせます。それは、真っ白な花であります。その香りは、梅よりも一段と甘い香りがします。ヘブル語では、シャケードと呼ばれますが、それは、「目覚める」「見張る」と言う意味を持ったシャカードより来ていると言われます。エレミヤは、眠れない夜を過ごし、朝早くまだ暗い冬の夜道を歩いていたのであろうか。ふくよかな何とも言えないよい香りが漂って来た。見るとアーモンドの花である。「ああこんなに早く咲いていることよ」と思った時に、神のお声を聞いた。「あなたは何を見るか」「アーモンドの枝です」と言と。「わたしは、自分の言葉を行おうとして見張っているのだ」と。

(結論)ああ、私たちも、御言葉のごとく、み言葉を頂き、これを遣わされた人々に語り、その御言葉がどうなるかを目覚めて見張る見張り人、主の回復の業を見張る者とさせていただこうではありませんか。