救い主誕生のしるし

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クリスマス賛美礼拝「救い主誕生のしるし」

聖書 ルカの福音書2章8~20節

(序)ルカの福音書2章1~8節には、救い主が誕生した時と場所、そして、なぜヨセフとマリヤがナザレからベツレヘムに行ったのかについて記しています。ローマの皇帝アウグスト(BC31~AD14)から全世界の住民登録をするようにとの勅令が出た時であったと言うのです。そして、その住民登録は、クレニオがシリヤの総督であった時の最初の住民登録であったと告げています。この住民登録は、それぞれ出身の町で登録されました。ですから、ヨセフもマリヤと共に、100キロ以上の道のりをナザレからベツレヘムの町へと向ったのでした。ベツレヘムでは、大勢の人々で混雑していました。宿屋には、彼らのいる場所がなかったというのです。ベツレヘム滞在中に、マリヤは、月満ちて男の子を産みます。みどりごは、布にくるまれ、飼葉おけに寝かされました。

一、羊飼いに告げられた喜びの知らせ

羊飼いらは、ひどく恐れました。御使いは、羊飼いたちに、すばらしい喜びの知らせを告げます。すなわち、「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ、主キリストです。」と告げたのです。王宮に、あるいは身分の高い人の家、金持ちの家に救い主が生まれたのであれば、「救い主が生まれた」との知らせを受けて、羊飼いたちが、探しに出かけたとしても、会わせてはもらえなかったでしょう。また、そんな場違いの所へ出かける気持ちも、羊飼いたちには起こらなかったでしょう。羊飼いは、貧しく、身分の低い人たちでありました。その羊飼いたちに、最初に救い主の誕生という喜びの知らせがもたらされたのでした。羊飼いたちは、人口登録とは、無関係で、それに価するとは見られていませんでした。夜も野宿して羊の世話をしなければなりません。着物も、汗と泥と羊のよだれにまみれた貧しい身なりをしていました。 その日、ベツレヘムの野に、羊飼いたちが、野宿して、羊の番をしていました。そこに、御使いが現われ、主の栄光がまわりを照らしたました。御使いと一緒に、多くの天の軍勢が現われ、神を賛美して、「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように」と言いました。それは、どれほどにすばらしい賛美であったことでしょう。ベツレヘムの野に、賛美が溢れたのです。

二、救い主のしるし

さらに、御使いは、羊飼いたちに「布にくるまって飼葉桶に寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです」と告げます。救い主のしるしは、「飼葉桶に寝ておられる嬰児」であるというのです。 「しるし」とは、ヘブル語でオース、ギリシャ語でセメイオンと言います。それと明確にわかるシンボル(表象)です。この場合は、飼い葉おけと布です。羊飼いたちは、救い主としてのしるしである「飼い葉おけと布」を目当てに、ベツレヘムの町中を捜し歩きました。めんどくさい連中だと思われたり、邪魔者扱いされたでしょう。なにせ、町中は、人口登録に帰って来た人々で、普段の人口の何倍もの人が町にあふれていたからです。必死に訪ね歩いた末に、羊飼いたちは、「飼い葉おけと布」そして、飼い葉おけに眠る嬰児キリストを見いだします。皆さん、この羊飼いたちの真剣さ、必死さです。

私たちも、この真剣さ、必死さをもって、主を尋ね求めるなら、主は私たちに出会ってくださいます。「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば、見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます」(マタイ7:7)。とみ言葉にある通りです。「もし、あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう」(エレミヤ29:12~13)と主は言われます。

三、羊飼いたちの礼拝

羊飼いたちは、急いで、ベツレヘムの町に入り「飼葉桶に寝ておられるみどりご」を探します。そして、彼らは、ついに、「飼葉桶に寝ておられるみどりご」を見出します。彼らは、どれほどに喜びで興奮したことでしょう。羊飼いたちは、幼子について、御使いが告げたことを、そこにいた人々に伝えました。そして、羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりであったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行きました。

主イエス様は、王宮でも、裕福な家でも、客間でもなく、馬小屋に生まれ、飼葉桶の中に寝かされました。それは貧しい羊飼いでも近づくことの出来るところでした。

昨年、11月、神戸博物館で開かれた「松方コレクション展」に行き、特に印象的であったのは、アントニオ・ベルッチ作「羊飼いの礼拝」と題された油絵でした。B6サイズぐらいの小さな作品で、しかも少し薄暗い中に展示されていたので、目を凝らさなければ見過ごしてしまいそうな絵でした。今生まれたばかりの嬰児が飼い葉おけの中に寝かされており、その背後にヨセフとマリヤが立っています。右端には羊飼いたちが嬰児をのぞき込んで礼拝しています。嬰児の前に、材木が敷かれ、その上に、一匹の羔が横たわっています。しばらく見入ていて、ハッと気が付きました。ああ!これは、羊飼いたちがささげ物としてささげた羔だと気が付きました。画家は、この嬰児が、やがて神の羔として十字架にかかられるのを暗示するように、羊飼いたちが羔をささげる様子を描いて見せたのです。非常に深い感動を覚えました。

新聖歌83番「馬槽のかたえに」の3節に、黄金のゆりかご 錦の産着ぞ 君にふさわしきを貴き貧しさ  知り得しわが身は いかにたたえまつらん

実に、主イエスは、私たちを救い、神の恵みに富ませるために、貧しくなってくださったのです。「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです」(第2コリント8章9節)とあるごとくです。

 

(結論) このクリスマスに、そして、迎えます新しい年に、心からの賛美を主にささげたいと思います。