聖書箇所 マタイの福音書18章1~14節 説教題 『小さい者に目を向けよ』 ■序論 神様の視点はいつも“小さい者に目を向ける”ことである。主イエスは御言葉を通して、私達一人ひとりが小さい者であること、そして、小さい者に目を向ける者となることを教えられる。 1.小さい者(1~5節) 天の御国では誰が一番偉いのかという弟子の質問に、主イエスは神様の三つの視点を示された。①子供のように悔い改めること、②子供のように自分を低くすること、③子供のひとりを主イエスの御名によって受け入れる者は、主イエスを受け入れることである。子供のようになるとは、もう一度自分が子供の性質を持つことではない。神の前に子供のような立場を受け入れることである。神様の愛の目は子供のような小さい立場を受け入れる者に注がれている。神の愛の視点や価値観を知り、自らも小さい者として生きて行こう。(ルカの福音書9:48) 2、小さい者につまずきを与えないように(6~9節) さらに主イエスは神様の厳しい視点をも教えられる。それは小さい者につまずきを与える者こそ神の前にわざわいだという事実である。つまずきとは他の人に罪を犯させるような誘惑となる言動をすることである。神様は小さい者であるクリスチャンが信仰の歩みの中で時にはつまずきに直面することは避けられないとする。むしろ、自分が他者にとってつまずきとなる事を神は厳しい視点で見られる。人をつまずかせる原因は外から出てくるのではなく、自分の生活や自分自身の中にある。小さい者をつまずかせることから守られるために、神の前に子供のような者として歩むことを求め続けよう。(Ⅰヨハネ5:3~5) 3、小さい者に目を向ける神(10~14節) 最後に主イエスは、神はご自分の視点を共有することを私達に求めておられることを示す。最も小さい者が滅びることは神のみこころではない。神は迷う羊がご自分のもとに戻ってくるまで捜し続けるお方である。小さい者に注がれる神の愛の視点を共有して、私も小さい者に目を向ける生き方をする決心をさせていただこう。(箴言5:21) ■結論 私達は神の前に小さい者として立つことを導かれている。神の前に小さい者として、神の愛の視点の中で歩んで行こう。そして、小さい者を愛する者となろう。 |