聖書 詩篇23篇1~6節



23:1 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

23:2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

23:3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

23:4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

23:5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

23:6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

本日の講壇201878.)

聖書箇所 詩篇2316

説教題 『主は私の羊飼い』

■序論

  詩篇23篇の筆者は羊を飼っていた(サムエル1611)ダビデです。羊飼いと羊の関係がどのようなものか良く分かっていました。私たちの羊飼いである主は、羊である私たちを守り、導いてくださいます。

 

■本論

1、与える(1-2節)

私たちは、乏しいことはありません(1節)。羊飼いである主から、必要なものは全て与えられているからです。この信仰と信頼に留まることが幸いです。主は、私たちの日々の必要と休息を与えてくださる御方です。

 

2、導く(3節)

 主は、私たちのたましいの必要も与えて満たしてくださいます。たましいを生き返らせ(3節)とありますが、これは回復、再建を現わしています。目に見えない部分での必要さえも主はご存知です。そして、主の前に義(ただ)しい方向へ常に導いてくださいます。

 

3、伴う(4節)

 わたしたちが、陰やわざわいの中を通るとき、主はわたしたちと共にいてくださいます。イエス様御自身が、痛み、悲しみ、不当な扱いを受けられた方であり、苦しみを理解し励ましてくださいます。

 

4、守る(5節)

 「食卓を整え」るのは、客を迎える主人のたとえ、「頭に香油を注ぐ」とは祝福を注ぐことのたとえです。主は主人が客人のために食事や快適な場所整えてをもてなすように、わたしたちの必要を整え、守ってくださいます。わたしたちは、乏しいことはなく、全ての必要は溢れています。

 

5、備える(6節)

 主は備え主です。主の家に住むことのできる場所を備えてくださっています。わたしたちの目指す場所、行き着くところです。全き平安と限りない恵みをもって、わたしたちのために場所が備えれています。

 

結論  

 主は私たちの羊飼い。私たちは乏しいことがありません。主は、私たちの全ての必要を知って満たし下さる御方であると同時に、細やかな配慮を通して私たちを守ってくださいます。