アクセスカウンター

http://www.wanpug.com/illust/illust4171.png
  
 Brotherhood of Christ Church Kobe
キリスト兄弟団
  神 戸 教 会
 

(




2019/02/20
〒658-0053 兵庫県神戸市東灘区住吉宮町6丁目14-20  ℡078-843-7821
メッセージ

2018122.)

聖書箇所:イザヤ書967

『ひとりのみどりご』


メッセージ

2018129.)




聖書箇所:
コロサイ人への手紙1章2129

 
『キリストの力によって』

メッセージ

20181216.)




聖書箇所:
第一ペテロの手紙1章2323


 
『主のことば』


メッセージ


20181230.)



聖書箇所:マタイの福音書11-12

『 礼 拝 』

 

9:6 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

9:7 その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。
 
1:21 あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行ないの中にあったのですが、1:22 今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。

1:23 ただし、あなたがたは、しっかりとした土台の上に堅く立って、すでに聞いた福音の望みからはずれることなく、信仰に踏みとどまらなければなりません。この福音は、天の下のすべての造られたものに宣べ伝えられているのであって、このパウロはそれに仕える者となったのです。1:24 ですから、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。そして、キリストのからだのために、私の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。キリストのからだとは、教会のことです。

1:25 私は、あなたがたのために神からゆだねられた務めに従って、教会に仕える者となりました。神のことばを余すところなく伝えるためです。1:26 これは、多くの世代にわたって隠されていて、いま神の聖徒たちに現わされた奥義なのです。1:27 神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。

1:28 私たちは、このキリストを宣べ伝え、知恵を尽くして、あらゆる人を戒め、あらゆる人を教えています。それは、すべての人を、キリストにある成人として立たせるためです。
1:29 このために、私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。 
1:23 あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。

1:24 「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。

1:25 しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。


[ 2 ]

2:1 ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、

2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。

2:3 あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。
 
 2:1 イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
2:2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」2:3 それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。2:4 そこで、王は、民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。2:5 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。
2:6 『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』」
2:7 そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、彼らから星の出現の時間を突き止めた。
2:8 そして、こう言って彼らをベツレヘムに送った。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」
2:9 彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。2:10 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
2:11 そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。2:12 それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。
 

序論: 今日からアドベント(待降節)に入ります。アドベントは、クリスマス(1225)の4回前の日曜日からクリスマスまでの約4週間、イエス・キリストの降誕を待ち望む期間、のことを指します。イザヤ9章は、イエス・キリストが、暗闇のような時代に光としてお生まれになることを示しています。

 

■本論

1、その名

 イエス・キリストの誕生を、「ひとりの男の子が私たちに与えられる。」と宣べて、「その名は、、、と呼ばれる」と4つの名が記されています。「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」これらの呼び名すべてはイエス・キリストのことです。どこから来られたのか、すべての人々にとってどのような御方か、何を成し遂げられるのかが表されています。

 

2、平和の君

 イエス・キリストは「平和をもたらす御方」です。私たちからは、人間関係の中で、分裂や分派、敵意が起こりやすく、日常の信仰生活の中でも、人の内側から真の平和は生み出し難いものです。しかし、イエス・キリストは私たちに平和と和解を与えてくださる御方です。(エペソ21416

 

3、万軍の主

  「私たちに与えられる」「私たちのために生まれる」(6節)とあるように、イエス・キリストの誕生は、私たちに与えられる恵みであり、たまものです。全ての人の為にイエス・キリストはこの世に来られました。それは人の力によるものではなく「万軍の主の熱心」によって備えられた、私たちのための救いの計画です。

 

 

■結語 私たちは「平和の君」によって、神と和解することができ、神との関係に平和がもたらされました。この大きなあわれみと恵みを受け止めましょう。また、この降誕節、クリスマスの機会に一人でも多くの人が「平和の君」に出会うことができるように祈りましょう。

 

 

■序論:イエス様を信じているわたしたちが、「神に仕える」はどういうことか、みことばから具体的に見てみましょう。みことばの中で言われているとおり、わたしたちには主によって「委ねられた務め」(25節)があります。

 

■本論

1、福音に仕える(2123節)

 私たちは、以前は神から離れ、悪い行いの中にありましたが、キリストの十字架の死と復活によって、神の前に責められるところのないものとされました。イエス様の死と御復活は、わたしたちが生きているのと同じ世界、同じ地上で「人の子」として、かつ全ての人と神を和解させるために「神の子」として成し遂げられました。

この福音は、「天の下のすべての造られたもの」です。福音の望みがわたしたちの信仰の土台であり、生涯を通して福音に踏みとどまる信仰の戦いがあり、福音に仕えることが信仰の証しです。

 

2、教会に仕える(24-27節)

  教会のかしら、中心はイエス・キリストです(18節)。そして、教会の芯となる働きは、キリストがわたしたちのために十字架の上で死なれて、3日の後に御復活されたという福音を「伝えていくこと」です。キリストはわたしたちの目には見えませんが、生きておられます。今、この世に生きているわたしたちは、救い主キリストの御復活の力によっていのちが与えられており、教会に仕え、福音に仕える使命が与えられています。主は、一人ひとりを用い、役割を与えてくださる御方です。

 

3)キリストに仕える(28-29節)

  わたしたちは、福音に仕え、教会に仕え、キリストに仕える者です。パウロもここで「労苦しながら奮闘しています」と述べています。この奮闘する力はわたしたちの力ではできません。人の力には限界があり、長続きせず、いずれ義務や責任感や自慢に変わってしまいます。しかしキリストの力はわたしたちをキリストにあって成熟した者(28節)とし、キリストの愛によってわたしたちを動かし、おそれや高ぶりから守ってくださいます。

 

■結語 神に仕える者として、福音の望みにとどまりましょう。神はわたしたちを愛し、わたしたちが成熟したクリスチャンになることを望んでおられます。

 

序論:わたしたちに与えられている主のことばはとこしえに変わることはありません。主のことばはわたしたちのたましいを養います。それぞれの日常生活の中で、主のことばはどれだけ身近にあり、慕わしいものでしょうか。字面だけを読み進めて理解できるものではありません。主のことばは、生きていて、私たちに神との人格的な交わりを与えます。

 

■本論

 

1、変わらない主のことば(1:23-25

  この世のすべてのものは変化して行きます。「草はしおれ、花は散る」とみことばにある通り、被造物(神に造られたもの)一つ一つは朽ちていき、枯れていきます。時も常に流れ進み、時代は変化します。人が造り出した高度な文化や発明よって、生活環境も変化してきました。

  そして、人の心も変化します。人間関係においても、良好な関係が続くときもあればその逆もしかりです。人をとりまく環境が著しい速さで常に変化していても、主のことばは永遠に変わることがありません(イザヤ406-8

 

2、救いを得させる主のことば(2:1-3

主のことばはわたしたちの信仰を成長させます(1節)。みことばによって、「主がいつくしみ深い方であることを味わ」うことができます。みことばによって主をより深く知ることのできる経験は、わたしたちの信仰を成長させます。みことばの意味を自らの体験をもって深く知ることは、クリスチャンにとって楽しみであり、喜びです。

みことばを、自らの経験を通して知れば知るほど、わたしたちは主の前により大胆に近づくことができ、主のいつくしみと愛をより豊かに知ることができます。

 

■結語 どの時代にも変わらない主のことばを日々読むことによって、日常生活や大切な節目のときにも、より深く、より豊かに神様を知ることができます。自らの経験を通してみことばの恵みをより多く頂くことを目指しましょう。

 

■序論:1225日のクリスマスが今年も過ぎ去りました。イエス様がお生まれになったことを記念して全世界で祝われています。今日の箇所は、博士たちがイエス様のおられる場所まで礼拝するために出かけていき、ついに探しあてたことが記録されています。このところから、主を「礼拝する」ことについて改めて教えられることがあります。

 

■本論

1、礼拝するために来た(2節)

  3人の博士たちは、ユダヤ人の王としてお生まれになった方をさがして「どこにおられますか」(2節)とヘロデ王のところへやってきました。礼拝するためです(2節)。王として生まれた方を求める姿があります。

 

2、この上もなく喜んだ(10節)

  星がついにイエス様のところまできてとどまったとき(9節)彼らはこの上もなく喜びました。礼拝する御方を見つけた喜びがありました。探し求めていた方についにお会いできる喜びです。