鹿児島豪雨水害から20年

公開済み 8月 5, 2013 by 管理人 in アドナイ・エレ

〜8・1豪雨水害から〜

鹿児島に忘れられない傷跡を残していった8・1豪雨水害、8・6豪雨水害から20年が経とうとしています。この二つの大水害は私たちにとっても忘れられないものとなりました。

 

1993年8月1日大分の教会の子供キャンプの講師として、招かれていたので、朝長男を除く家族4人で大分に向けて出発しました。長男は学校の補習授業があって、一人家に残ることになりました。

家を出て暫くすると空模様が怪しくなり、強い雨が降り出しました。私たちは桜島サービスエリヤに寄って、食事をし、買い物をして外に出ました。その時はもうかなり激しい雨になっていました。

後で、私たちが桜島サービスエリヤを出て約1時間後に裏山が崩れ、サービスエリヤが土砂で押しつぶされ、完全に埋まってしまったということを聞き身震いしました。

さて、高速を少し走り、空港インターまで行くと、その先は豪雨のために通行止めになっていました。仕方なく、高速を降り、横川の方にしばらく走ると、ところどころ道が冠水していて、車が動かなくなって止まっているのが見えました。

私たちの車は冠水した道路を走り続けて大口まで何とかたどり着くことができました。もしキャンプの講師として招かれていなかったら、引き返したことでしょう。しかし、そういうわけには行けませんから、大口から山越えをして熊本県水俣に行くことにしました。

山の中に入るにつれて対向車は全く来なくなり、前が良く見えないような激しい豪雨にどんどん心細くなりました。私たちの車はまるで側溝の底を通っているような感じで、両側の崖から溢れ込む水だけでなく、バレーボール大の石や木切れが道路に流れ出して来るところを避けるようにして車を走らせました。もし途中で土砂崩れでもあったら、行くことも帰ることもできません。しかし、妻が車の4隅に天使が守ってるのが見えると言ったので、それに力づけられて走り続けました。

そして、何とか水俣にたどり着くことができましたが、水俣の道路もあちこち冠水していて、車は水の中を走り続けました。すると、急に車が混んで進まなくなりました。聞いてみるとどうやら、この先のトンネルで土砂崩れが起きて、道が塞がれてしまい通行不能になったということでした。

もう前にも後ろにも動くことができずに、すべての車が立ち往生したままです。しばらくどうしたものかと思案していました。すると、一人の人が雨の中私の車の横に立って、「車を歩道に乗り上げて、そのまま真っ直ぐ走るとスーパーマーケットの駐車場の裏口に出る。その駐車場の門を出て右に曲がってまっすぐ行きなさい。」と言われました。

言われたとおりに少し走り、後ろを見ると、私たちの車だけで、他の車は続いて来ません。そして、さっきの人もいなくなっていました。私たちはその人が教えてくれたようにそれからも走っていくと、スーパーの駐車場の裏に出ました。そして、駐車場を出て言われたとおりに走っていると、土砂崩れて塞がったトンネルの先の道に出ていました。

夢の様な不思議な体験に、あの人は誰だったのだろうか。ひょっとして天使か御使いが私たちを助けるために来てくれたのではないかと思いました。

水俣を過ぎ、しばらく行くと雨は止み、今までのことが嘘のように夏の太陽が照り付ける中を車は進みました。その後は快適な旅を続けることができ、大分に無事着くことができました。

大分に着くと、教会の方々が、「私たちの道中が守られ、無事に着くように祈っていました。」と言ってくれました。私たちは祈りの支援に心から感謝しました。

すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。エペソ6:18

(8・6豪雨水害に関してのアドナイ・エレ:100808『百年に一度の大水害』


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