英語の歌の翻訳

公開済み 3月 16, 2014 by 管理人 in アドナイ・エレ

〜「お父さんも協力して。」→断念→解放感〜

三男がよく外国の歌を紹介してくれます。素敵な歌があると礼拝時に使いたいので、英語と同時に日本語訳もつけてプロジェクターで写してくれるように頼みます。

そこで、英語の歌詞の下に彼が訳した日本語訳をつけて、英語で歌える人は英語で歌って、英語で歌えない人は日本語訳を見て意味を味わうようにと礼拝で使っていました。

そのうちに、やはりただ日本語に訳すだけでなく、日本語で歌えるように日本語の歌詞を作ってくれるように、彼にお願いしました。

しかし、なかなか歌詞ができてきません。そこで、彼に「どうしていつまでもかかっているの?早く作ってくれないかい。」と催促しました。すると、彼が「お父さんも協力して。」と言うので、私も協力して日本語歌詞を作ることにしました。

しかし、いざそれにかかろうとすると、その大変さが身にしみてわかり始めました。まず、メロディーがしっかり頭に入っていないと作れません。何度も聞いて詩の流れを何とかつかみました。

それから、そのメロディーを考えながらそこに言葉を入れようとすると、なかなか良い言葉が思い浮かびません。たとえ、良い言葉が思い浮かんだとしても、日本語は長くてなかなかスパッとメロディーに入ってくれません。

そのうちに投げ出したくなってしまいます。この頃は外国の歌で日本語に訳されている歌を歌うときは、その訳の素晴らしさに感動します。また、今まで何気なく聞き、見ていた映画等の日本語の吹き替えの素晴らしさに尊敬の念まで浮かんできます。

またそうこうする内に、歌の翻訳に関しては、様々な問題があることが分かってきて、断念せざる得なくなりました。

つまり、翻訳行為も、著作権法では「翻案権侵害」とされているというのです。歌詞は、音楽に合うように、その長さ、言い回し、表現方法など、創意工夫を凝らしたもので、翻訳というのは、その言い回しや内容を別の言語に変換する行為であり、必ずしも正しくその内容を反映するものとは限りません。

つまり、せっかく作詞家が一生懸命考えた表現であっても、翻訳によってまったく意味が変わってしまうリスクがあるため、歌詞の翻訳は著作権の侵害となるので、著作者の許可を取る必要があると、書かれてるのを発見したからです。

それで、翻訳活動はこころざし途中で断念せざる得なくなりました。残念な思いと同時に、翻訳の苦しみから解放された解放感で、何だかほっとしたような複雑な気持ちになっています。

これからは許可を得て外国語を日本語にうまく訳された素晴らしい歌をたくさん見つけて、心を込めて歌っていきたいと思います。

自分を知恵のある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。それはあなたのからだを健康にし、あなたの骨に元気をつける。箴言3:7~8


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