すべての人のクリスマス

公開済み 12月 14, 2014 by 管理人 in アドナイ・エレ

〜「そんなことは考えないで、」!?〜

12月になり急激に寒さを感じる様になってきました。いよいよクリスマスが間近に迫ってきて、街ではクリスマスソングがよく流れるようになってきました。

クリスマスは今や日本では、一大行事になり、いたる所で祝われるようになりました。独身の男性や女性からはクリスマスが幸せの分岐点のように言われ、それをどのように過ごすかが今の時期の大きな関心事になっているように思います。

ところで、クリスマスとは何なのかを知って、その上でお祝いしている人がどのくらいあるのだろうかと思うと多少不安を感じます。私を始め日本人はそれぞれの意味を余り深く考えないで、ただその時のムードでやってしまうことがよくあるように思います。

さて、それでは「クリスマスとは何でしょうか?」クリスマス会で集まった子供たちにそれを聞くと、「イエス様のお誕生日」と正解が出てきます。「ああ、一応は分かっているんだ。」と思いながら、「それではなぜイエス様のお誕生日を世界中でお祝いするの?」と聞くと、そこまでは誰も考えていません。

子供の本に次のようなジョークが載っていました。「成人式はなぜ学校がおやすみになるの?」という質問に、「そんなことは考えないで、他人のお祝いで学校がおやすみになることを喜ぼう。」と。その様にクリスマスも知らない昔の外国人(イエス様)の誕生日にケーキが食べられたり、プレゼントがもらえたりすることを喜ぼうと言うことになりそうです。

皆さん、その様な短絡的な生き方ではなく、もっと実のある真実な生き方をしていこうではありませんか。

現在クリスマスは世界中で祝われています。実はイエス様のご降誕は世界の一部の人のためだけではなく、すべての人、そうあなたとも関係があるのです。

私たちは悩んだり、苦しんだり、さげすんだり、妬んだり、思い煩ったり、憎んだり、争ったり・・・と様々な苦労を背負います。しかし、それらの不幸は私たちの罪に起因します。私たちの内にある罪が人を不幸にし、人を絶望と奈落の底に落とすのです。

その罪が解決されないと私たちは幸せになれず、天国への道も閉ざされたままです。しかし、神様は私たちの罪の問題を解決するために、私たちに救い主を送ることを約束されました。

それは、イエス様が生まれる700年以上前から詳しく沢山の預言者によって預言されています。例えば、救い主はダビデ王の子孫から、ベツレヘムという小さな村(以前はダビデの町)で、一人の処女が身ごもって男の子を生む、またそのお方は私たちの罪を解決するために身代わりに罪を負って死んでくださる等の預言がされていました。

しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。イザヤ53:5

実際イエス様は、預言通り処女マリヤを通して、ダビデ王から27代目の子孫、一介の大工ヨセフの子として、ベツレヘムに生まれました。しかし、実はヨセフたちはガリラヤのナザレという町に住んでいて、そこで子を産むつもりでした。

ところが、ローマの皇帝アウグストから人口調査をするから自分の町で登録するようにとの勅令が出たことによって、ヨセフは身重のマリヤを連れてベツレヘムまで旅をせざる得なくなりました。しかし、そこには人口調査のために沢山に人々が帰ってきていたので、宿屋はどこも空いておらずにマリヤは家畜小屋で出産することになったのです。

さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」ルカ2:8~12


No Response to “すべての人のクリスマス”

Leave a Comment