神に対する小さな愛の行い

公開済み 2月 15, 2015 by 管理人 in アドナイ・エレ

~「それは私にしてくれたことなんだよ。」~

先日、子供たちの登校時間に朝の交通安全指導を行っている時のことです。ある小学生が「あっ、J君が転んだ。」と私の横で叫びました。彼女の示す方を見ると、信号の向こう側で、1年生のJ君が転んで立ち上がるところでした。両足のひざに擦り傷があり、血がにじんでいます。

走って行こうにも信号は赤、すぐ駆けつけることはできません。すると後から歩いて来ていた6年生のSさんがすぐ彼のところに駆けつけてくれて、自分のティッシュを取り出し、それで流れる血を拭いてあげたので、ホッとしました。

それからSさんはJ君を連れて信号を渡ってこちらの方に歩いて来ました。私が「Sさんありがとう。」と言うとニコッと笑いました。

二人が血の付いたティッシュを持っていたので、「そのティッシュは私が棄てといてあげるから」と言ってそれを受け取りました。

そして、J君に「リバテープを貼ったほうが良いなら、取って来て貼ってあげていいよ。」と言いましたが、「大丈夫」とのことだったので、「学校についたらすぐ保健室に行って消毒して治療してもらいなさい。」と言って送りだしました。

私はSさんの素早い対応と彼女の優しさに感心しました。あくる日、彼女が登校してきたので、「Sさん、昨日はありがとう。」と言うと、「えっ、何のこと」と言うような顔をしたので、「J君のこと、助かったよ。」と言うと「ああ、それ」という感じでニコッと笑って登校していきました。

 

聖書の中、イエス様が弟子たちに譬えを通して、次の様に教える箇所があります。

そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。

あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』

すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。

いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』

すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』マタイ5:34~40

 

イエス様は私たちが周りの方々、特に困っている人々に対して行った小さな愛の行為を覚えておられて、「それは私にしてくれたことなんだよ。」とおっしゃってくださいます。

 

私たちが人に対して罪を犯した時、その罪はその相手の人に犯したものであると同時に、神に対しても犯した罪でもあるのです。

そのように、私たちの小さな愛の行為も、相手の人に対するものであると同時に、神に対して行ったものでもあるのです。

犯した罪は神と人、両方に悔い改める必要があるように、困っている人への愛の善行についても、神と人両方に対するものであることを知り積極的に仕える者になりたいと思います。


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