沖縄研修報告Ⅳ

公開済み 6月 14, 2015 by 管理人 in アドナイ・エレ

〜作りやすいところに基地を作って〜

5月3日以来お休みさせていただいていた沖縄における研修報告を続けさせていただきます。沖縄訪問3日目は新都心キリスト教会の岡田先生ご夫妻に沖縄の各地を案内していただきました。移動中車の中では、岡田夫人が大きな冊子となった写真を持って、沖縄の現状の説明を詳しくしてくださいました。

岡田先生は神戸で警察官をしておられたのですが、沖縄の痛みを知り、献身して夫婦で沖縄に移住して来られました。ご一緒させて戴く中で、先生方の沖縄に対する深い愛がお話しの端々に感じられ、感心致しました。

3日目、岡田牧師夫妻はまず、佐喜眞美術館に案内してくれました。そこには、鉄の暴風と呼ばれた沖縄戦の当時の状況が描き出され、戦争の残虐性や悲惨さがひしひしと伝わってきて、長く目を向けていることができない程でした。

次に嘉手納基地を見下ろす高台に連れて行って下さいました。眼前には周りとは明らかに違う雰囲気の広大な米軍基地が見えました。戦時中住民が収容されている間に基地ができ、多くの人が土地を奪われ、自宅に帰れなくなったということでした。

それから、キャンプ・シュアブの米軍基地近くの小さな店で、沖縄名物タコライスの持ち帰り用を注文して、車の中でいただきました。パックの中にあふれるほどのごはんと野菜が詰め込まれていて、こぼさない様に食べるのに一苦労しました。本土では見本より少なめの所はあっても、ここまで大盛りにするところはないだろうと思いました。

それから「安保の見える丘」に連れて行っていただきました。そこからは普天間基地内の状況を一望することができました。ここからベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争のとき爆弾を積んだ飛行機が戦場に飛び立って行ったということを伺い、沖縄の人々は未だに戦争と隣り合わせに生きておられるということを痛感させられました。

そして、沖縄は今や戦争の被害者から戦争の加害者にされている現実を知りました。それは、悲惨な戦争を経験した沖縄県民こそ最もやりたくないことだと思います。そのような背景もあって、もうこれ以上戦争に関わるのは嫌だとの思いが辺野古基地反対運動に発展していると感じました。

私たちはその後、渦中の辺野古に移動し、そこで米軍基地建設反対運動の現場で話を聞かせていただきました。一方的に頭ごなしに進められる埋め立て工事の様子を見る一方で、美しい大浦湾やそこに住む珍しい生物の写真を見せて戴くと、本当にこれでいいのだろうかと考えさせられました。

正直申しまして、私は以前、中国の海外進出の脅威に対抗するためには、沖縄の人々には申し訳ないけれども、ここに基地を作ることはやむおえない選択なのかもしれないと思っていました。

しかし、元防衛大臣が「戦略的には別に沖縄でなくてもいい、しかし政治的には沖縄が良い。」と発言されたということを聞き、アメリカへの配慮のために無理に辺野古基地建設を進めようとしている事実に疑問を持ちました。

沖縄は辺野古に基地を作らなくても、もう島内に充分に基地が配備されています。確か以前の米軍基地は北朝鮮の脅威に対抗するため本土の各地に置かれていたと思います。しかし、本土で基地反対運動が起きるたびに、それらが沖縄に移されてきた経緯があります。

要するに、作りやすいところに米軍基地を作って来て、これからもそれをやろうとしているのではないかとの疑問がわいてきました。

あなたは義によって堅く立ち、しいたげから遠ざかれ。恐れることはない。恐れから遠ざかれ。それが近づくことはない。・・・あなたを攻めるために作られる武器は、どれも役に立たなくなる。また、さばきの時、あなたを責めたてるどんな舌でも、あなたはそれを罪に定める。これが、主のしもべたちの受け継ぐ分、わたしから受ける彼らの義である。――主の御告げ。――」イザヤ541417


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