1年の終わりに当たって

公開済み 12月 30, 2015 by 管理人 in アドナイ・エレ

〜全てを祝福と喜びに〜

みなさん、今年はどのような年だったでしょうか。「うん、良い年だった。」という方から「あまり良くなかったな。」と言われる方まで、様々な方がいらっしゃることでしょう。もちろん、人には良い時もあれば、良くない時だってあります。1年がすべてが順調という人はなかなかいないだろうと思われます。

しかし、私たちが新しい年を迎えるに当たって最も重要なことは、私たちの視点がどこを向いているかだと思います。私たちの視点が不平不満の方を向いていたら、喜べないことや許せないことが必要以上によく見えてきます。同じ環境にいても、びっくりするぐらい不平不満が出て来て、よくそこまで気づくなぁと感心するほど欠点や問題を指摘する人がおられます。

そして、不平不満で生きる人は、さらなる不平不満を呼び込むことになるのです。そのような人はどの年も「今年も良くなかった。」で終わることになるのではないかと思われます。

一方、感謝の方に目を向ける人は、その人の口からいつも感謝と喜びの言葉があふれてきて、周りを潤します。朝起きた時「今日も元気に新しい朝を迎えられて感謝します。」と言い、顔を洗うために洗面所に行き水を出しては「蛇口をひねるだけできれいな水が出て来て感謝します。」と喜びます。そして、お食事が食べられること、仕事に行けること、電車が時間通りに来て、町まで運んでくれること等、このような調子で1日中感謝することが絶えません。感謝する人はさらなる感謝を呼び込み、いつでも喜びにあふれるようになるのです。

以前、一人の問題を抱えた青年が教会に訪ねてきました。彼は教会の温かさに触れ、それから毎週来るようになりました。彼は皆と親しくなって、その内自分の苦しみを打ち明け、相談しようと思いましたが、教会の人が皆明るく喜びであふれている様子を見て、「こんな、何にも問題を抱えていない人たちに相談しても、自分の苦しみなんて分かってもらえない。」と、相談するのを控えていました。

しかし、しばらく教会に通う内に、教会員一人ひとりが、自分と同じような、いやそれ以上の様々な問題を抱えていること知りました。それなのに彼は「なぜ、こんなに明るく喜びであふれて生きておられるんだろう」と、不思議に思い、その原因を突き止めるべく、その後も教会に通い、やがてその理由がわかり彼もクリスチャンになりました。

 

ここでクリスチャンの喜びの原因は、神様がこんな自分を愛してくださっていることを知ったことです。

主は遠くから、私に現われた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。」エレミヤ31:3

 

主なる神様は、私たちが主を知る前から私たちを愛してくださり、私たちに誠実を尽くし続けておられました。また、主は次のように言われます。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。イザヤ43;4

私たちは神の愛のなかに生かされています。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。ローマ8:28

主なる神様は、どんな問題があっても、主を信じる者にはそれら全てに恵みの逆転があり、祝福と喜びに変えられることを約束しておられます。

それによって私たちクリスチャンはいつも喜んでおられます。主に感謝します。


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