教会学校の復活祭

公開済み 3月 13, 2016 by 管理人 in アドナイ・エレ

〜「今度、イエス様が教会に来るの?」〜

教会掲示板に教会学校≪わが教会ではノア☆愛ランドと呼ぶ≫の復活祭のイベントのポスターが張り出されていました。復活祭と大きく書かれた下に「たまごさがし」があることが書いてあり、「わたしは、よみがえりです。いのちです。」とのみ言葉が添えてありました。

小学校の女の子がそれをじっと見ていて、「教会のおじちゃん(私は近所の子供たちにそのように呼ばれている)。イエス様は復活したの?」と聞いてきました。私がそれに答えて「そうだよ。イエス様は復活したんだよ。」と言うと、復活を生まれ変わったように捉えたのか。「え~、イエス様って赤ちゃんになったの?」と聞いてきます。

私が「違うよ。大人のまま復活したんだよ。」と言うと、「へ~、いま何歳?」。「とし?もう何千年も前のことだから。」とは言ったものの、話が変な方向に行ってしまったな、どのように説明しようかと考えていると、「今度、イエス様が教会に来るの?」とさらに続けて聞いてきます。

「え~、何で?」そういえば、先日私が今度の復活祭には外人さんが来るよって言っていたので、その外人さんがイエスさまだと思ったようです。「違うよ。」と答えましたが、話が長くなりそうなのと、彼女が学校への登校途中でもあったので、「とにかく、今度の復活祭の時、教会に来なさい。詳しく教えてあげるから」と言って送りました。

きっと、彼女だけでなく多くの人が復活祭って何?と思われると思うので、簡単に説明させていただこうと思いますが、それを理解するためにはまずイエス様の十字架について知らなければならないので、今回はまずイエス様の受難についてお話させて戴き、次週に復活について話したいと思います。

天地万物を創り、生かしておられる神様が、罪のために滅びに向かっている人間の救いのために、ご自分の御子イエス様を人としてこの世界に送ってくださったのが、クリスマスの出来事です。そして、イエス様が神の愛と神の義とを現してくださり、真理について教えて下さいました。さらに、すべての人が死後に神の裁きの座につかなければならないことをも教えられました。

私たちが死ぬと皆神の前に立って裁きを受けなければなりません。しかし、まったく聖い神の前では、殺人や強盗だけでなく、意地悪やうそをつくこと、人を裁いたりさげすんだりすることまでもみな罪ありとされるのです。

私たちが死ぬと皆自動的に天国に行けるわけではありません。全く罪を犯さなかった人だけが天国に行けるのです。さて、あなたは大丈夫ですか?天国への確信がありますか?

残念ながらこの問いに「はい」と答えられる人は誰もいません。聖書は「すべての人が罪を犯した。正しい人はいない。一人もいない。」と言っており、神の前では全ての人が罪びとであると宣言しています。

実は人はみな永遠の滅び・地獄に向かっているのです。しかし、神は義であると同時に愛なるお方です。神は人を救うために救い主としてイエス様をこの世に送ってくださいました。そして、罪のないイエス様が私たち人間のすべて罪の身代わりとなって十字架につき、死んでくださり私たちの罪をすべて清算してくださいました。

そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。ヘブル9:26b~28

しかし、イエス様は神様なので、死んだままでいることはありません。復活され、もう一度救いのために来られます。私たちがそのことを信じて神の愛を受け入れ、神に従う決心をするなら神様はすべての罪を赦し、天国への確信を与えてくださいます。しかし、あなたがその一方的な神の犠牲による赦しを受け入れなければ、あなたへの天国への道は閉ざされてしまいます。あなたが神の愛による赦しを受け入れて、天国への道を歩む決心をして戴きたいと切に願います。


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