小学校のスケッチ大会

公開済み 6月 20, 2016 by 管理人 in アドナイ・エレ

〜教会画展を開きたい!〜

今日はスケッチ大会に画板をもって登校した小学校の子供たちが、それぞれの思いの場所に行ってスケッチをしたようです。数日前まで雨の予報で心配していましたが、雨が降るどころか朝から暑い日差しで熱中症を心配するほどの夏を思わせる天気になりました。

私が祈祷会を終えてお昼前に外に出ると、5年生2人が交差点のはす向かいにこちらを見て画板広げており、また信号を渡ったこちら側には6年生4人がそれぞれ画板を抱えて立っていました。6年生は、ほとんどスケッチは終わって、後は学校に帰って色塗りをするだけになっているということでした。

私はどのような教会の絵が出来上がろうとしているのか興味津々で、6年生の子供たちに「ちょっと見せてよ。」とお願いしましたが、「駄目、見せられない」、「下手くそだから、恥ずかしい」とか言って断られてしまいました。

しかし、まだ描き終っていない5年生のKさんの絵は見せてもらうことができました。しっかりした綺麗なタッチのスケッチで、上級生にもなるとかなり上手く描けるんだなと感心しました。これから色を付けてどのような出来上がりになるのか、非常に楽しみですが、完成図を見せてもらえるかどうか分かりません。

私としては学校で展示した後、家に持って帰る前に、教会画展とでも銘打って教会で1日でもそれらの絵を張り出し、教会員に鑑賞してもらいたいと思いますが、たぶん無理でしょう。ただ、小学生の完成した絵を見られないとしても、教会を画材に選んでくれたことに関してはとても嬉しく思います。

彼女たち(教会のスケッチをしてくれた子は皆女子生徒)を見ながら、自分の小学生時代のスケッチ大会の様子を思い出しました。私の時は毎回男友達10数人が連れ立ってぞろぞろ学校を出て、海沿いを歩き、街を通り、町の大きな工場に向かいます。

途中で数人ずつ気に入ったアングルを見つけて分かれてスケッチを始めますが、なかなか決まらない私たち数人は最後まで残り、ぶらぶら歩き回って大半の時間を無駄に潰してしまいます。何とか決めたところでスケッチを始めますが、時間が足りなくて、色塗り仕上げは毎回かなり適当になりました。

しかし、友達の中には惚れ惚れする絵を描く上手な人もいて、いまだにそこに描かれていた工場の様子は脳裏に焼き付いています。彼と会ったり、彼の名を聞いただけで、まずその絵が思い浮かぶほどです。小学生から才能ある人はうまい絵が描けるんだなと思います。

また、私の小学3年生の時の担任のK先生は、特別な絵の才能があり様々な絵画展で入賞し、県内ではかなり有名な先生になられました。それで、高齢になられた今でも、時々マルヤガーデンズと言う所で個展を開いておられます。それで私も妻と連れ立って個展を見に行きますが、絵は高くて手が届かないので、先生と昔話をして帰ってきます。

才能のある人も、私のようにそうでない人も、現実の世界をしばし離れて、風景を自分の思いのままに写し取ることに没頭することは精神衛生上も良いことだと思います。また絵は観る人を和ませ癒してくれます。

神様はすべての人に違う賜物(才能)を与えて下さり、お互いが助けあうことによって調和が成されるように私たちを造られたのだと思います。

し かしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。もし、全部がただ一つの器官であったら、からだはいったい どこにあるのでしょう。しかしこういうわけで、器官は多くありますが、からだは一つなのです。そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない。」 と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うこともできません。それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。Ⅰコリント121822 


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