喜び入る町:喜入(きいれ)町

公開済み 2月 4, 2018 by 管理人 in アドナイ・エレ

~明るい挨拶の素敵な町~

私たち家族がこの町に教会堂を建てて鹿児島市から引っ越して来たのは、今29歳の3男がまだ小学校に上がる前の年の12月、クリスマス直前でした。思えば、今からもう20年以上も前になります。その当時喜入町はまだ揖宿(いぶすき)郡に属し、南薩5町の一つでした。

来た当初、喜入町は空港のある溝辺町に続き、日石の石油基地を持つ鹿児島県第2の経済的に豊かな町と言われていました。それで小学校入学時には、全員に町から制服が支給されており、鹿児島市から来た私たちはそれにびっくりしました。

それが、平成の大合併時に指宿市に入るか鹿児島市に入るかの住民投票がなされ、鹿児島市に合併されることになりました。(しかし今だに、合併しないで単独の方が良かったと言っておられる方もおられます。)したがって、わが町は鹿児島市の最南端に位置します。

さて、喜入町という名は素敵な名で、当時から周りから人々が喜び入る町として宣伝していました。そこで、私が来て思ったのは、そのためにはまず町民の心に喜びが入り、喜びあふれる町になったらいいな、そうなると当然周りから喜びを求めて入ってくるようになるだろうと思いました。

そこで、町民に喜びが入るためにささやかながら始めさせていただいたのが、朝の街頭での子供たちの登校安全指導(緑のおじさん)でした。ちょうど3男が小学校に上がりお世話になることもあって、学校PTAで月2回実施していた登校安全指導時に使用していた旗を使わせていただいて、毎朝教会前の交差点に立つようにしました。

現在は共働きの家庭が増えて、ご両親の出勤に伴って子供たちも慌ただしく(時には追い立てられるようにして)家を出て、登校してくる子もいるのではないかと思います。そこで、そのような子供たちに、少しでもすがすがしい明るい気持ちを与えるべく元気な明るい声で一人一人の名前を呼んで親しく挨拶をするように心がけています。

立哨を始めた当初は、私が街頭に立つ側に朝市(今はもうありません)が出ていました。そこには毎朝たくさんの方々が買い物に来られ、交差点を渡るとき、みなが私に明るく声をかけてくださいました。

また、この交差点では友達と待ち合わせをしていく子供たちも多く、待つ間に学校のことや友達のこと、中には家庭内のことまでも話してくれて、私にとっても楽しい時間となりました。

最初は皆を明るくしよう、みなに喜びを与えようと思って始めましたが、実は私の方が毎朝喜びと力をいただく時となり、喜び入るところとなりました。

これからもお互いに交わす明るい挨拶によって喜びあふれる幸せな1日を過ごして行けたらと思っています。皆の心に喜びがあふれ、名実ともに喜び入る素敵な鹿児島市喜入町になることを願っています。

そういうわけですから、私の愛し慕う兄弟たち、私の喜び、冠よ。どうか、このように主にあってしっかりと立ってください。私の愛する人たち。ピリピ4:1

主なる神を知ることが、私たちに環境や状況に左右されない喜びをもたらします。私の体験した喜びをうまく伝えられたらと思います。

あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。詩篇16:11

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。ピリピ4:4~5,


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