宿題は誰のため?

公開済み 9月 2, 2018 by 管理人 in アドナイ・エレ

~あ~、宿題がまだぁ・・~

息子家族が千葉から帰省してきました。夏休み明けまでまだ10日もあるのに、6年生の長女Mさんと、4年生の長男K君はすべての夏休みの宿題を終えてきていました。ただ、Mさんは先にちゃんと終わらせていたようですが、K君の場合は「もし鹿児島に行くときまで宿題が終わっていなかったら、お金おいて行くから、好きなものを食べて家で待っていなさい。」と言われて、慌てて済ませたようでした。

それで、ここに来てからは恐竜展を見に行き、不思議な科学館にも行き、また七ツ島サンライフプールで、人工の波にゆられる造波プールや、全長290mの流水プール、高いところから滑り落ちるウオータースライダー等を1日で回って帰って来て、その他の日々も同じような強行スケジュールで思う存分遊び回って帰っていきました。

正直、宿題を残してなくて、それを気にすることなく毎日思い切り遊べるのは楽しいだろうなと思います。私の3人の子どもたちも基本、夏休みに入るとすぐに先に宿題を済ませて、夏休み期間中それらの束縛から解放されて思いっきり遊んでいたように思います。

しかし、私が小学生の時は、彼らと真逆で切羽詰まってから詰め込んでやって?いや、やらされて?いました。私が住んでいたのは田舎ということもあって普段の日は宿題など殆どありませんでした。学校が終わると毎日外に出て目一杯遊んで帰りました。

しかし、夏休みと冬休みは宿題が出ました。それでも、いつものように目一杯遊んで最後の10日間ぐらいは泣きたい思いをして宿題をさせられておりました。

その当時、小学生は毎日絵日記を書かなければいけませんでした。代わり映えのしない毎日の出来事を日記に書くことも大変でしたが、それに絵を書いて色を塗らなければいけません。たまってくると何枚もまとめて絵を書かなければならなくて、それがとても苦痛でした。

もちろん、勉強嫌いの私がたまった『夏休みの友』をまとめて済ませるのも大変で、母が私の横に座って、見張られている中で、毎日させられていました。遊びにもいけない苦痛の日々が続くので、早くから少しずつ済ませておけばよかったと毎年後悔するのですが、いざその時になると遊びの誘惑に負けて同じことを繰り返していました。

しかし、楽しく遊んでいても夏休みが半分もすぎると、溜まっている宿題のことが気になって、心の何処かにやがてくる苦痛の時間が思い出され、心から楽しむことが出来ませんでした。だからと言って、宿題を他の人にしてもらったり、答えを写させてもらったりしようとは思いませんでした。

今は宿題代行する業者や宿題の解答を売っていたり、読書感想文や夏休みの工作、自由研究の完成品等までも売られていて問題になっています。それらの大体の相場は、・算数、国語などのドリル……1冊5,000円~、・読書感想文……3,000円~、・自由研究、工作……5,000円~ということですが、業者によると注文が多くて捌ききれないそうです。

文部省が取締に動き、ネット大手3社とそれらの販売の禁止について合意に達したとされていますが、これは親や子どもたちの意識が変わらないとなかなかなくならないのではと思います。

自戒を込めて忠告させていただくと、宿題は、今は大変でもやがて身になることを思い、苦労しながらでもコツコツ自分ですることが大切ではないかと思います。子供たちも塾等で忙しいこともあると思いますが、最初は宿題を買うことに少し気が引けていても、その内に罪悪感がなくなり、それが他のことまで波及することも考えられます。頑張って逃げない習慣をつけるようにした方がいいと思います。

なまけ者よ。蟻のところへ行き、そのやり方を見て、知恵を得よ。蟻には首領もつかさも支配者もいないが、夏のうちに食物を確保し、刈り入れ時に食糧を集める。箴言6:6~8


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